2008年12月14日

トラウマはトラウマを呼ぶ

 基本的に、大きなトラウマを持っている人物は、トラウマに敏感で、ラウマ因子が環境にあれば、自身の中にトラウマ因子があるだけ、トラウマに共鳴するように強く引き付けられることがある。

 そんなわけで、テレビを何気なく見ていて、ちと気がついたのて次に示す。 − ここでは「個人が抱えるトラウマに関する問題」として、問題解決していく上で、物理を直視するために、取り上げていきたい


▼『D.grey-man』 #46

 グローリーのトラウマは、一般的に見られるトラウマに対する認知行動パターンに当たる。

 また、本日入手した、「やはぎでんでん」さんの『歪んだエピソード』で描写されたトラウマの心理構造もこれにあたる。 − *(この作品を読んで、学術上にも取り上げられることがない、私のような稀なタイプもあるため、稀なタイプとの違いを纏めようと考えた。その矢先に、本エピソードが放送されたので気がついたことをまず取り上げてみた。)

 これらに対し、自分の場合は、稀にあるトラウマに対する認知行動パターンにあたり、グローリーのパターンに当てはまらない。(因みに過去のエピソードからすれば、私はグローリーに該当しない。)

 このように書くと「一致しないから」と誤解する人がいるかもしれないが、これは物理上の構造を見ているだけだから、「一致する」「一致しない」が問題ではない。 − ここを履き違えないでほしい。

 本件では、トラウマ問題の本質を見ているのだから、ここでは、一般的なケースにあたるグローリーのトラウマに対しての認知行動において、中には、私のような稀なケースがある、ということを取り上げている。 − いわば、物理構造の整理をするに、メモ代わりに纏めた物が本ページとなる。 

 即ち、ここで、一定化させると、固定観念から見間違う危険性があることを指摘することも出来る。

 「私のような稀なケースがある」とは、一般的には、逸脱性な要素を含む認知行動パターンでよく取り上げられるメカニズムに相当するもので、一般的には逸脱性な要素を持っていることから事件に発展しやすいものだが、(幼児期までの成長期の段階で、「理屈付けの位置づけを行う母親の教育の仕方」や「自身の経験値」で、正常な認知行動がとれるようバグフィックスを当てられているので)それにもあたらない、逸脱性を示す認知行動パターンではない、(逸脱性要素を含まない)正常な打消しの演算のパターンにあたる。

 もし、自分がその手のフラッシュバックを引き起こせば、『アカギ』ないし『天:通夜編』のアカギでも現されたように、(トラウマのフラッシュバックから「自己の存在を消したい」する自己殺傷傾向が発生すれば)衝動的にチキン・レースでもやってしまいたくて、どうしようもなくなる傾向にある。 − ここでは寂しいだのそんな生易しいレベルではなく、自己を殺したくなる。しかし、胎児期に自身の内面にある「自我や利己的本能を殺す方法」を覚えていることや、その行為が家族や周囲の人々を傷つけてしまうことを幼児期のときに学習しているので、個人研究の一環でもしない限りは、日頃はそんな内面にある心情は一切出さない。

### 参考として ― 最近あったトラウマ問題 ###
一例:『訂正と結論

 グローリーのパターンは、現在社会問題になっている、育児放棄や育児虐待を受けた経験者にも見られる典型例となるが、実際のところ、ごく普通の一般家庭にも生じるもので、父親と母親が揃っている普通の家庭でもそれは引き起こる。

 原因は〔親子の「絆」〕が築かれなかったために生じるもので、家族機能が正常に機能していない場合にこれは生じる。

 しかし、これは環境によって生み出されたものに過ぎず、胎児期からの発達の段階で構築されてしまったものに過ぎないのだから、「そのもの」について優劣を示すものにあたらない。

 このため、認知上では、生きている人「そのもの」について優劣をつけるものではない、と、私は考える。 − この考え方は、生物学の知見からであり、医学ではなく、生物学から見た生命倫理に基づいたものとなる。


フラッシュバック因子において

「存在することで迷惑をかける」=「自分は存在しない方がいい」

というトラウマが発生する原理としてのパターンは同じであっても、そこから先に掛けられる演算、ないし、カオスにあたる変数などは、個人が生まれ育った環境の経験値に帰属し、十人十色で個々別に違ったものになる。


自分の場合は、被虐待児の二世であるので、第一世代と第二世代の間に生じた流れで変数がかかり、第三世代では、立地条件によっては、稀なタイプが生じる場合があるのだが、自分はこの稀なパターンにあたる。

 この立地条件が、「母親に知識が高く育児に対する資質が高かったために恵まれており、十二分の愛情を受ける事が出来た=このため強い絆を元に認知発達する」のに対し、DV環境であった場合にそれが生じる。

 一例を挙げれば、「経済的に子供が産める環境ではなかった」など何らかの原因で子を産んで育てる環境でなかった場合である。

 ことに、「父親が母親から嫌われて虐待されて育った被虐待児で、育った環境から子が幼児期まで心底から子を嫌い虐待していた」といったケースの場合には、子は父親に対して愛着障害を引き起こす。

 この愛着障害においても、子の性別によっても違ってくるので、フラッシュバックする因子から生じる原理は一貫性があるメカニズムであっても、そこから先の情報処理ないし認知行動パターンは(C言語のプログラミングと同じようなもので単純なプログラムに相当するが)、(演算法は)立地条件によって異なるため(非線形で考えなければならないから)カオスとなり、多種多様で千差万別となる。

 このように小さなスケールでメカニズムを土台にして物理で見ていくと、目の前に見えるそれらの現象は、実際は単純な構造から成り立っていて、難しいことではないことがわかる。


 このブログは学術上で考察していく科学ブログなので、一般受けはしないが、この記事が、同じようなトラウマの問題で苦しんでいる当事者に何らかのヒントがえられるなら幸いである。また、医学や科学ベースでの研究に役立てられるものであるのなら、自身のハンディキャップを補強するために始めた、この個人研究は有意義なものとなるだろう。

posted by 0≠素子 at 20:38| Comment(0) | 私的な見解について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月03日

精神科医の問題は根深いものかもしれない

 PTSDに関するリサーチを始めてからというもの、該当さえしない診断名を当てつけられたりする情報における精神的な暴力も受けていた傾向があったが、それは直接的でないにしても、それなりの知識を有するものだから、間接的に関連していた可能性も完全には否定は出来ないだろう。最悪な場合、つまりは、問題とされる誤診や不適切な医療行為を行っていた医師が裏事情の世界と関係していたからだろうか…?

 本日、東京・新宿区の「東京クリニック」元院長、元交際相手を脅迫したなどの疑いで逮捕された、との報道がある。


 元交際相手の女性を脅迫し、ストーカー行為をした疑いで、東京・新宿区のクリニックの元院長が警視庁に逮捕された。

 ストーカー規正法違反と脅迫の疑いで逮捕されたのは、新宿区の精神科医院「東京クリニック」の元院長・伊沢 純容疑者(38)。

 伊沢容疑者は2008年9月、元患者で以前に交際していた都内の20歳代の女性に再び交際するよう迫り、女性に断られると嫌がらせのメールや電話をしたり、待ち伏せして脅迫した疑いが持たれている。

 伊沢容疑者は、2007年から被害者の女性に対して、ストーカー行為を繰り返していたということだが、調べに対して、容疑を否認している。

 東京クリニックをめぐっては、向精神薬「リタリン」を大量に処方していた問題が発覚し、伊沢容疑者は2008年6月、医師免許がない事務員にリタリンを処方させていたとして、医師法違反の疑いで書類送検されていた。

 また、伊沢容疑者は、患者に暴行した一件でも逮捕されているという。

 女性患者の頭を壁にたたきつけてけがを負わせたとして、警視庁新宿署は23日までに、傷害容疑で東京都新宿区歌舞伎町の「東京クリニック」院長伊沢純容疑者(36)=新宿区新宿=を逮捕した。

 「両手で押し出しただけ」と容疑を否認しているという。伊沢容疑者は昨年夏、男性患者に暴力を振るい骨折させたとして傷害容疑で書類送検されている。

 調べでは、伊沢容疑者は昨年12月、受診に来た20代の女性の髪の毛をつかみ、壁に頭をたたきつけるなどして3週間のけがを負わせ、付き添いの夫に対しても、のどをつかむなどしてけがを負わせた疑い。

 女性が診察結果の説明を求めたことに腹を立て、「説明しても分からないだろう」などと言って暴力を加えたという。

 伊沢容疑者に関しては、ほかにも暴力を振るわれたなどとする相談があるという。

### 参考データ ###
知っておきたい精神医療のニュース
明日は医道審議会!! 東京クリニック院長に処分は下るのか?
東京クリニック元院長逮捕

 んー。これらの情報からすれば、この伊沢容疑者はパーソナリティー障害を持つ精神科医であるようだが、かなり重症で治療を受ける必要があると考える。ひょっとしたら薬をやっている可能性もあるので、そのあたり調べた方がよさそう。

 なぜ薬物の扱いについて調べるかについては、なんでもリタリンで済ませてしまおうとする精神科医が多いことが指摘されている。よりにもよって、そのリタリンが使われていることや、行動パターンから察するに薬物に手を出す可能性もあるんじゃないかと考えられる。

 最近、大麻使用で医者が逮捕されたり、大学に大麻が流れてきているといった大麻問題も上がってきているから、こういった問題はしっかりと対応していくことが求められる。

 本当は、医師免許を取り上げるのが一番いいんだけどね…。

 そこを考えれば、法律においての改定が求められるだろう。…というより、精神科の場合、事前に患者を診察するに適した対応ができるかどうかのハードルを置き、条件を満たす者に免許を与えることや、定期的に検査を受けるなどするシステムを組んだ方がよいのではないかと考える。

posted by 0≠素子 at 12:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月30日

PTSDの依存疾患について

 『カプラン臨床精神医学テキスト(DSM-IV-TR)』の「16.5 外傷後ストレス障害と急性ストレス障害 - 依存疾患 p.678」について考察を重ねる。


### 16.5 外傷後ストレス障害と急性ストレス障害
   依存疾患
     『カプラン臨床精神医学テキスト』- p.678 ###

 PTSDの患者においては、他の疾患の併存率は高く、およそ2/3に少なくとも2つの疾病が見られる、よく見られるのは「うつ病性障害」「物質関連障害」「他の不安障害」「双極性障害」などである。

 併存疾患はPTSDにかかりやすくする。


 因みに、自分の場合は、「うつ病性障害」「物質関連障害」「他の不安障害」「双極性障害」などは、発生する事があるが、毎回短時間で回避され淘汰されてしまう事が多いため、障害の域には入らないらしい。

 まず始めに、ここでは被虐待児だった場合と仮定して考察する事にする。『トラウマティック・ストレス―PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて』では、ストレス障害に至った時期別に、成長時期別に深みある講義が進められているが、ここでは、どいった流れに至りやすいのかを見ていきたい。

 多くの重篤な被虐待児の治療にかかわる中、精神医学的知見に達したというこの分野の世界的な研究者で臨床医である杉山登志郎先生の説では、『被虐待児になるとどうなるのか?』で取り上げられた状態が見られるという。

 無論、これらの過程は被虐待児の子が成長していく中で、発生しうる障害であって、必ずそれに至るというものでもない。その時の保護者の接し方次第で、悪化することも、回避させる事も可能となっている。

 したがって、もし保護者の適切な対応で子が努力して回避させる事によって淘汰された場合、実質上の本当の意味での完成されたサバイバーとなるが、そうでない場合は障害が残ったままのサバイバーとなるので、引き起こされるだろうハードルがいくつもあるだけ、どうしても個人差が出てくる。

 因みに、自身の場合は、父親に虐待を受けても、母親から十二分な愛情を受け、その時々に応じてバグフィックスを当てる対応が行われてきたので、起こりうる障害は、殆ど回避され、淘汰するに至っている。

 だから、『被虐待児になるとどうなるのか?』で取り上げられた状態は、「異性が全く受け付けられない」といった〔異性に対する愛着障害〕と終着点である〔C-PTSD〕以外は私には見られない。

 
 では、上記に挙げた併存疾患についてどうなのかを見ていく。

(調べるので、ここでいったん休憩する。)

posted by 0≠素子 at 13:04| Comment(0) | PTSDについての考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月29日

『カプラン臨床精神医学テキスト』より(3)

 『カプラン臨床精神医学テキスト(DSM-IV-TR)』に挙げられた疫学の統計データの引用のされ方について、不満と疑問を持ったのは私だけだろうか?

 まず、用いられている統計データの対象者の範囲と人数が示されておらず、どこからどこまでの想定しての統計なのかもわからない。調査された年月や期間も記されていない。少なくとも科学の常識では、これらが必ず記されているがこれも入っていない。

 これが入っていないということは、臨床精神医学には科学では基本的な数学というものを重要視されておらず、容易に使われており、数学ではなく算数で計算されている可能性がある。

 数学上の統計が妥当性のものであるのかの吟味も成されていないまま引用されているのは容易に想定できる話で、日頃、natureなどで自然科学の報告書に目を通す事に慣れ親しんだ私には、あまりの杜撰さにぞっとした。

 実際に、その統計データが、実際の数字かといえばそういうわけでもないだろう。特に米国では犯罪や事件が日常茶飯事に起こっているわけであるし、事に、産婦人科系列で示すデータと照らし合わせても数字があわない。

 統計においては、統計モデルの小さな違いで大きく違ってくる。本来なら自然科学系の統計学を学んでほしいといいたいところだが、せめて最低限は人文社会科学系統計学を学んでいてほしい。

 また、米国と日本国内では、風土や民族の違いや習慣性などの違いがあるので、まず、どの地域のどの対象で調査されたのか、区別化して、生息する地域では違う事も想定した上で認識しなければならない。

 …っていうか、酷すぎるぞ、これ…。

 正直に言えば、次に示す統計は妥当ではないと考えられる。

 もっと厳密にいえば、データの使い方が妥当ではない。次に示すデータは、退役軍人を対象にされたもので、他のデータと混ぜてあるようだが、統計データ毎の対象にされたスケールが提示されていないため、妥当な予測さえ出来ない。

 この章で引用されている論文は2000年〜2002年までのものであるので、おそらくその当たりの論文で用いられたデータであろう。これを日本国民にそのまま適用するには難しい。

 このことに気がついている専門家はいるだろうか?

 というか、被虐待児を研究する医学博士も米国に入ることであるし、産婦人科や小児内科系からのデータも入手できるだろうに…。


### 16.5 外傷後ストレス障害と急性ストレス障害
   疫学
     『カプラン臨床精神医学テキスト』- p.677 ###

 PTSDの生涯有病率は、全人口の(…?米国のスケールかな?)約8%と推定されているが、これに加えて不顕性の障害が5〜15%で経験される可能性がある。

 外傷的出来事を体験した危険の多い集団では、生涯有病率は5〜75%の範囲に及ぶ、ベトナム戦争の退役軍人のおよそ30%がPTSDを体験し、それに加えて25%が顕在しない形でこの障害を体験している。

 生涯有病率は女性では約10〜12%、男性では5〜6%である。

*(疑問:米国には少なくとも4州は犯罪が多発することから、GPSで監視しようといった話も出ているだけ、犯罪が多発する地域は数多く存在する。このような米国の事件が多発する地域のものを想定すると、あまりにも低すぎる)

 PTSDはどの年代においても出現しうるが、若年成人に最も有用率が高い。それは彼らが症状の出現を促進する状況に身を置くことが多いためである。

 子どももこの障害に罹患しうる。

 男性と女性では、曝されやすい外傷の型、およびPTSDへの発展しやすさが異なる。

 生涯有病率は女性に有意に高く、またかなりの割合の女性がこの障害を発症する。

*(補足と考察:これは生体構造上の違いから来るもの。脳や肉体の構造において、男性と女性とは大きく違っている事は、今世紀に入って理学系では認識されており、natureだけではなく、Newtonでも取り上げられた。女性は腕力がないだけに、防衛本能が強く出来ている。女性がPTSDに至りやすいのは脳や生体の構造から来るその物性からの影響も大なり小なりあるかと考えられる。)

 歴史的には、男性の外傷は通常戦闘体験であり、女性の外傷は強姦が最も多い。

 障害は独身者や離婚したもの、寡婦(夫)、社会的に引きこもっているもの、社会経済的水準の低いものに多い。

私的には:だからこそ、出来るだけ現実的で妥当な統計を出すために、念入りの調査と、念入りの統計データの吟味が必要となる。)

 しかし、この障害の最も重要な危険因子は、その人物にとっての実際に曝された外傷の苛酷さ、間隔、近接度などによる。

*(私的な考察:だからこそ、周辺にある加害性の高い因子がどれだけあるのかの調査や分析も必要となる。例え医療機関でも、そこまで想定に入れなければ対応できないだろう。また、福祉や教育機関にも連携プレイを取れる形にしなければならなくなる。)

 この障害は家族的類型があると思われ、生物学的第一度親族者にうつ病の既往をもつ者は、外傷的出来事の後にPTSDになる危険性が高くなる。

*(補足:遺伝形質の影響については、昔から激しい議論が続けられているという。私的な見解では、分子レベルからの考察と、乳幼児からの人格形成も含む認知発達学などとの兼ね合いから、妥当なものだと考えられる。)


### memo ###

 特に、ASDやPTSD、C−PTSDなどのストレス障害の場合には、フラッシュバックで症状を悪化させる事もあることから、予めから予想とされる危険度を想定して対応するようにしなければならないので、該当者の活動範囲内での各スケールでの発症率や因子分析が必要となる。

 また、環境によってタイプも異なるため、出来るだけ多くのデータが必要となるだろう。

 尚、これらの具体的なデータについては、『トラウマティック・ストレス―PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて』で確認する事が出来る。

 本書はトラウマ性のストレスとその治療について、これまでの研究成果と臨床的知識を集大成したものである。様々な領域の専門家からなる執筆陣によって、1980年代に外傷後ストレス障害(PTSD)が定義されて以来行われた数多くの研究エッセンスが凝縮されている。

 また同時に、トラウマ体験後の適応の複雑さ、まだその有効性が確立されていないPTSDの治療法など、これから探求されるべき課題も提示している。

 記憶、解離、文化とトラウマの問題、生物学的及び心理学的プロセスの複雑な関係など、トラウマ研究の中心的な問題を取り上げながら、治療的介入が効果をあげるためには、PTSDが進行していくプロセスとその個々の段階について、深い理解が不可欠である事を明らかにしている。

 この本書では討論を重ね、深く議論され、ケースごとに応じて出来る限りの検証が行われている。深く考察されてのものであるので、本書を読むだけで十分なのかもしれない。

 但し、大まかな全体図を把握したい場合には、本書は典型的な学術の専門書であるので、難しすぎて気が遠くなるかもしれない。

posted by 0≠素子 at 22:00| Comment(0) | 臨床精神医学の Date Base | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

急性ストレス反応〜心的外傷と解離を中心に〜

 実は、解離現象という構造や概念、理論というものを説明されたテキストとされたので、〔新現代精神医学文庫『解離性障害』:編著・西村良二(福岡大医学部)/監修・樋口輝彦(国立精神・神経センター 武蔵病院)〕というものを入手しているのだが、『カプラン臨床精神医学テキスト(DSM-IV-TR)』のデータや『トラウマティック・ストレス - PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて』と比べると、ASDやPTSDについての定義について、おかしなところが多々あり矛盾している点がある。それは理論上の設定にも見られるが、物理的にも矛盾がある。

 〔新現代精神医学文庫『解離性障害』:編著・西村良二(福岡大医学部)/監修・樋口輝彦(国立精神・神経センター 武蔵病院)〕p.57に「急性ストレス反応〜心的外傷と解離を中心に〜」という課題がある。

 ここでは、急性ストレス反応(ASD)は、外的要因があり、それによって、うつ、不安反応、解離などの症候が起こされるという。ここでいう外的要因とは、外傷的なストレスであり、身体に対する侵襲や生命の危機が自分に降りかかったり、それが他人に降りかかっているのを間近に体験(私の補足:例えば自然災害や事故などの恐怖体験)したりするという出来事の事を差す、と定義している。

 本題に入る前に、これに関する判断基準に関わるデータを示す。

### DSM-IV-TR診断基準の臨床への展開より ###
『カプラン臨床精神医学テキスト』より』 - 概要
『カプラン臨床精神医学テキスト』より(2)』 - 歴史


 上記は第2版の初版発行:2004年10月25日発行物、で問題とされる本書は初版発行:2006年10月13日発行のものである。

 次に疑問に思ったデータを以下に示す。

### A. 急性ストレスとは ###

 心的外傷に対する急性反応(Acute stress disorder : ASD)の中核は、解離症状と考えられる。(…!?)

*(疑問定義:少なくともDSM-IV-TR診断基準には外れる。)

 一番最初に起こる反応は認否であり、「何かの間違いだ」「こんなことが自分に起こるはずがない」と事実から目をそむける。(…!?)

*(疑問定義:これまでのトラウマティック・ストレスの研究では主に、退役軍人や捕虜や戦争被害者が研究対象になったはずで、その流れの理論や物理に本説は外れる。)

*(考察:ASDはたいがい生存危機を感じられるほどの恐怖のショックを受けたときではないだろうか。例えば、地震の被害に遭ったものや事故に遭った者はただ恐怖のショックを受けるだけである。少なくとも認否する暇もない筈である。)

 そして、心的外傷となる出来事からうまく逃げられないでいると解離症状が起こってくるのである。


 このような基点から講義されているので、どこからどこまでがASDで、どこからどこまでが解離なのかがわからない状態で一纏めに説明されている。

 本書でおかしいところは、初めのASDが発生する原因となる物理定義だけとなる。

 所謂、ショックを受けるのが急性ストレスで、その後に起こる現象―Spiegelによれば、非現実感と記憶の変容が見られ、感情麻痺、無関心、健忘、たいがい離脱体験などの症状が出現するという。―現象を現すのが解離で引き起こる可能性があるものとなる。

 因みに、本書ではDSM-IV-TRではなく、DSM-IVの判断基準でASD(1ヶ月以内)とPTSD(長期である場合)についての判断する期間が説明される。

 この最初の定義が正確でなければ、物理現象について誤解をしていたであろう著者は元より、本書を読んだ読者が、外傷性ストレスにおいて、妙な誤解や誤まった解釈を招く可能性が高い。現在は環境上関心の高い分野のものであろうから、特に人間関係において災いをきたすような社会現象を生み易い。

 こういった、この手の著者側の誤解は、解離性障害や統合性失調症やBDP、AD/HD、アスベルガー症候群、自閉症などに多い。何故このようなことを書くのかといえば、該当しないのに、見た目の判断で勝手に決め付けられるという現象が出てきているからにある。

 何度根拠を出して説明しても、理解してもらえないというのは、AD/HD、アスベルガー症候群などを筆頭とした発達障害者だからだろうか…?

 たいがいどうでもよくなってきた。

 誤診を受けた患者もかなり多いのではないのかという専門家の話もよくある。このため、基準となる定義の問題についての早期解決を求める声もよく見られる。―勿論、これは専門家の話。

posted by 0≠素子 at 02:00| Comment(0) | 疑問(MEMO) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『カプラン臨床精神医学テキスト』より(2)

 『カプラン臨床精神医学テキスト(DSM-IV-TR)』を読んだ方で、英文慣れしている人が見た場合、翻訳が良くないことにすぐに気づかれるかと思う。

 natureを読み出した2000年前後(厳密には1999年10月より愛読中)当初は、翻訳がおかしかった場合には、「科学的なデータベースを示した報告書を取り上げる専門誌なのだから、少なくとも専門的な理学の知識を有している翻訳者にすべきだとブツブツと文句を言っては、辞書をかたてに翻訳していた。今では直接読んでいるので、本書を目を通したとたんに、英文の原本と取り寄せればよかったと今になって後悔している。


 さて…前回の『『カプラン臨床精神医学テキスト』より』、今回は、PTSDの歴史についてみていこうと思う。

 本テキストは、「DSM-IV-TR診断基準の臨床への展開」と副題がつけられたもので、関連する情報が多岐に渡って考察されながら取り上げられている。

 学生や専門家の間では主力とされているテキストとなっているらしいが、何分翻訳が酷い…。厳密にいえば、まともに翻訳されているものと、偏見が酷そうなものと、翻訳自体が直訳である場合がある。質としてはあまりよくない…^^;

 けど、次に示してみる。


### 16.5 外傷後ストレス障害と急性ストレス障害
   歴史
     『カプラン臨床精神医学テキスト』- p.677 ###

 自律神経系の心臓(…? 自律神経系に心臓はない。)の症状が出現(…??? 何が起こった?)するために、南北戦争の外傷後ストレス障害に類似した症状を持つ症候群に「軍人の心臓(Soldier's heart)(…おい、直訳かい^^;)」という名称が与えられた。

 ダコスタ(Jacob DaCosta)が1871年の「過敏性心臓について(On Irritable Heart)」(やはり…)という論文でそのような軍人(…? なんやねん?)について記載している。


 笑いが止まらなくてしょうがないんで、ちょっと休憩する。

 要は「○○の心臓」というのは、生物学的には「感受性」のことで、精神医学や一般の医学ではヒステリー状態及び拒絶反応といったところだろう。

 以下は休憩後、残りのデータを追加して再更新したもの。


 1900年代には、特に米国では精神分析の影響が強かったので、臨床医たちは、この状態に「外傷神経症(tramatic neurosis)」の診断を適用した。

 第一次世界大戦において、この症候群は砲弾ショック(shell shock)と呼ばれ、砲弾の爆発による脳の外傷の結果であるとの仮説が立てられた。

 1941年に発生したボストンの Coconut Grove という混雑していたナイトクラブでの火事の生存者は神経が過敏になり、疲労感があり、悪夢があることが認められた。

 第二次世界大戦の退役軍人・ナチ強制収容所の生存者・日本における原爆の生存者は、類似した症状を持ち、時に戦争神経症(combat neurosis)または戦争消耗(operational fatigue)と呼ばれていた。

 結局、ベトナム戦争の退役軍人に認められた精神医学的病理が、現在知られている外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder : PTSD)という概念として結実した。

 これらのすべての外傷的状況において、この障害の発症は、ストレス因子の強度と相関していると考えられる。

 つまり強制収容所のような最も重篤なストレス下では、この障害の出現は犠牲者の75%を越えることになる。


 本テーマの内容から、なんだか別の意識に(おかしな感覚の方向に)飛んでしまいそうだが、どうだろうか。上記の情報を整理すれば次のようになる。

 つまりは、1871年には報告され続けていたが、この当時は軍事医療の兼ね合いから、精神分析や臨床精神医学にはこれらの報告は、軍事機密情報として民間に反映されていなかった、ということなのだろう。

 実際に民間に反映されるようになったのがベトナム戦争の退役軍人に認められた精神医学的病理だったから、これが土台となったという話となる。

 これについての詳細は別の本書で述べられていたので、また別の機会に取り上げよう。

 次回の判断基準改定版は英文原本を入手しようと思う。

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2008年11月28日

『カプラン臨床精神医学テキスト』より

 『カプラン臨床精神医学テキスト(DSM-IV-TR)』においては、外傷後ストレス障害や急性ストレス障害は、16章の不安障害の枝に記載される。

 DV環境で胎児期から被虐していた場合には、ASとPTSD(p649,p.677-686)と虐待ネグレクト(p.951-962)を参照のこと。

 尚、胎児期時の被虐研究については、最近産婦人科系の医学博士の研究から提唱されてきているもので、母親が受けるDV環境が胎児に大きな影響を及ぼすことがわかり、産婦人科では一般常識化してきている。これらの知識は教育関係や行政機関が問題として取り上げ、「DV問題(ドメスティック・バイオレンス)」を社会問題として対策に取り組んでいるが、こういった知識は、臨床精神医学上の診断基準にはまだ繁栄されていない。こういった場合には単発的なPTSDではなく、複雑性といわれるC-PTSDに該当する。


 翻訳があまりよくないようなんで、これを購入した後で、原本を仕入れればよかったと、後で後悔したのだが、データ整理のために、参考に示す。


### 16.5 外傷後ストレス障害と急性ストレス障害
     『カプラン臨床精神医学テキスト』- p.677 ###

 外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder : PTSD)は、強い外傷的なストレス因子となるものを、見たり、聞いたり、或いは、それに巻き込まれたりした後で起こる症候群である。

 そのような経験に(…?)、恐怖や絶望感をもって反応し、出来事を持続的に何度も体験し、思い出すことを出来るだけ避けようとする。

 診断するには出来事の後、1ヵ月以上続いていなければならないし、家族や仕事のような生活の重要な領域に重要な影響を及ぼしていなければならない。

 精神疾患の診断・統計マニュアル第4版(「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th edition, Text Revision : DSM-IV-TR」)には、急性ストレス障害と呼ばれる PTSD と似た障害が定義されているが、それにはPTSDより早く(出来事から4週間以内に)起こり、2日から4週間以内に消褪する。

 もしも症状がそれより長時間続いたら、PTSDとするのが妥当であろう。

 急性ストレス障害(Acute Stress disorder)とPTSDの両方を起こすストレス因子は、たいていの人を病気にするのに十分なほど圧倒的である。

 そのようなストレス因子は、戦争・拷問・自然被害・暴力的襲撃・強姦・そして例えば車や火災中のビルの中でのような危機的な事故での体験から生じる。

 夢や日常の思考の中で外傷的な出来事を再体験し、その出来事を思い出させる可能性がある、あらゆることとを避け、過覚醒の状態と共に無感覚に陥る事を体験する。

 他の症状は、抑うつ・不安・そして集中力低下のような認知障害である。

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見落とされやすいところ

 一般的に見落とされやすいところというのは、日頃の習慣性に沿って目先で捕らえて動いてしまうことにある。

 例えば、「精神科系や神経系の障害」を「疾患=病気」として捉えられやすいところで、事例やマニュアルから当てはめて対応する事によって、その現象を引き起こしている要因や、それに至った物理の成り立ちを見ようとする視点を見落としがちになることがある。

 また、カウンセリングの位置というのも、医療においてどの位置にあり何が求められているのか正しく認識して対応している専門家は少なく、これも事例やマニュアルから当てはめて対応する事によって、その現象を引き起こしている要因や、それに至った物理の成り立ちを見ようとする視点を見落としがちになることがある。 − カウンセリングに求められる事は「癒し」だけでなく、可能な結果象と確立を正確示し、「目標」を位置づけ、治療に立ち向かう「やる気」を出させる事にある。


 実質のところを言えば、ASやPTSDが発生した当時を見るにおいて、「どの時期にそれが発生したのか」「当事者における条件値がどれぐらいあるのか(内省・環境性/物理・主観性別)」「環境の状態がどうだったのか(環境における対人状態)」…など、細かく上げればキリがないほど山ほど出てしまうが、要は、それらを生む原因となる因子ごとに計算しなければならなくなる。

 例えば、DV環境での被虐である場合のトラウマと、闘病で発生したトラウマは違い、3歳を目処にすれば、そのとき保護者が子にとって、どのような対人状態にあったのかで大きく変わる。子にとっては、日頃の親の対応が運命の別れ目となる。

 また、最も見落とされているのは、健全者よりも大きなハンディキャップを持ってしまった子である場合、まず「人並みな事が出来ないトラウマ」が生じる。 − このようなトラウマは、成長するまでにノウハウを獲得し、障害を淘汰させたとしても、問題に突き当たればフラッシュバックが発生するものとなる。

 脳・神経系の障害を負った場合にでもそれは生じる。生体のメカニズムの動きというのは当事者がよく知っている筈で、日頃の生活の中で、体の営みの状態がどうであるのかで、心理気象はこれに影響し、左右する。

 特にDV環境で胎児期には被虐していた場合には、必ずC-PTSDを内在させてしまう。生まれてから成長過程の間に、トラウマやAS・PTSD因子はサーバと化するように連結され、脳神経系の傷跡となっている因子とは別の界に、生存本能のシステムに連結させる状態で、界は仮想上で組み立てられていく。 − それは、視覚脳のような、仮想上で立ち上がって作られたものかもしれないと現在考察中である。

 例えば、DV環境で胎児期には被虐していたケースで、後に闘病生活のトラウマを内在しているサバイバーである場合には、破損・崩壊したところがわかるほど、闘病生活のトラウマ因子や被虐したトラウマ因子に直結しやすくなる。

 具体的には、現在知りえている認知発達の過程や医学上の詳細データで破損・崩壊したところがわかるほど、日常生活の中で自身の体のシステムの営みがどんなものかがわかるから、闘病生活のトラウマ因子や被虐したトラウマ因子に直結しやすくなる。


 私の個人研究の1つにあたる「DV環境で被虐待児に至った場合のサバイバーの発達研究」を行っているが、それは、典型的な臨床系の営みのものでもなく、それはカウンセラーの視点からでもなく、あくまでも目標を達成するためのバイオミックスの視点からとなっている。

 自然科学系や工学的な試みから入ろうとするのは、そもそも非線形にあるからにある。内省を直視するには自身の主観性の物性の事実も(因子として)認めることは必要だが、基本的には中立的な客観性を重要とするからにある。

 どうしてこのようなスタイルをとるのかといえば、障害を持つ当事者が対応するためのノウハウ獲得のために個人研究をしているうち、生存危機に関わる因子の個人研究であるので、当然、専門知識や学術にも専門家並の知識を速い速度で得ることができるのだが、同時に、知識や技術をえるほど、何が可能で何が不可能だという事が手に取るようにわかる。

 つまりは、体のシステムの障害という物理に自身が押し潰されそうになるから、そこまで踏み込んで個人研究をやってしまおうということになる。

 仮に、これを行わなければどうなるのかといえば、やはり、体のシステムの障害という物理に自身が押し潰されそうになるから、トラウマに直結して、それに関わる障害を引き起こさせてしまう。

 そこで、一過性の解離を利用して、トラウマに直結させない、無機質な視点から入るようにしている。例えば、数理から入るというのもその1つの手段で、機械工学や自然科学に慣れてしまえば、数式からイメージを割り出すことが出来る。トラウマに直結しない因子であるから障害を起こす事無く、深める事が出来る。この試みによって対応法のノウハウを獲得できれば、当事者の内省で障害が引き起こっても、無機質な試みによる対応法でバグフィックスを当てる事も可能なのではないかと現在模索しているところにある。

 所謂、こういった動きというのが、生物進化を左右する「原理」にあたるものなのだろうが、こういった生命を生存させようとする原理は、認識しているより、より単純で且つ驚異的なものかもしれない。

 要は、遺伝子に対しRNAが変数をかけるから生じるパラダイムチェンジなのだろうが、「そのもの」は本来は限りなく単純で、且つ、驚異的な作用を生み出してきたものかもしれない。

 生体構造において、五体満足に生まれてきたのか、致命的なハンディーキャップをもって生まれてきたのかで、スタートの段階で大差が出る。その大差が出た分、トラウマの質量が大きくなる。

 「健常者の能力に満たない」とか「健常者並の対応ができない」といった、出来ない差分分のトラウマというのは、「誰にも言えない苦しみ」となって、一生抱えていくものになる。

 成人後、事故からヘルニアが最悪になったらしい闘病生活を送ったトラウマが自分にはあるが、肉体構造の障害が引き起こる限り、おそらく、これは、癒えないんじゃないだろうか…。 − 癒す事が出来るのは、おそらく、闘病生活で苦しんできた同じ経験を味わった、同じ位置にまで淘汰できている、同ノウハウを持ちえるサバイバーだろうと思う。但し、ここで言えるのはメンタル面においてのみの話であって、専門家で学術上精通している人ではない場合には、技術的な意味を含めて指すものではない。所謂ワーキングの一種のような対話や意見交換などがそれを癒すという極めてごく一部分だけの話となる。

 一般的にはケアが重要視される傾向があるが、ケアといっても限りがあり、親身になられるだけ、心配されるだけ、苦痛になりえることもある。 − 故に、サバイバーは孤独化しやすいが、これは仕方がない話だと考えられる。

 ここで勘違いされやすいところは、ストレスやトラウマは何でも悪いものだと認識されやすい事にある。本当は生きるためには適度に受ける事が生物進化のメカニズムとなるから、何でも悪いわけではない。 − 最も重要なのは「自立」という生きる対応力を生み出すことにある。

 自分は、物理の成り立ちを理解する事が最も重要だと考える。

 なぜなら、物事の成り立ちや物理の成り立ちを知らなければ、経験値だけでは見落としやすいために失敗しやすく、目標に達成できないことにある。

 目標に達成した経験は「生きる糧」になる。それを積み重ねていく事で大きなハンディキャップを抱えている者でも生きていけるようになる。

 生物学の知見では、生物の進化においては、強者や優勢に立つものに関係なく、環境にうまく対応できた生物が生き残っている。このような事実を知ることも、環境に対応して生きていくだけの「生きる糧」となるだろうと私は考える。

posted by 0≠素子 at 15:17| Comment(0) | 私的な見解について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月26日

解離とは

 一過性の軽い解離は、日常生活の中でも、酷い緊張や不安から免れているためによく使われている。

 例えば、人は突然の不安にボーっとしたり仰天したりなどする。もしくは、もう一つ別の世界にあるように振舞う事もある。また、今突然起こった事故について何も思い出すことが出来ない。その後まもなくして、実はその事故の間、十分に覚醒していた事を示す例もある。

 さらには、つかの間の非現実感や離人症のエピソードはしばしば経験するもので、例えば、悪い知らせを聞いた後など、全てが突然に違って不思議な様子に見えたり、自分自身が非現実的に感じられ見たり聞いたりしているのは、実際には自分自身ではないような気がしたりする。

 例えば、毎日の生活から逃避するに、温泉旅行に出かけたとする。その目的は、いわば逃げる事であり、全てを忘れることが出来たとしよう。また、仕事に打ち込むことでもいいし、趣味に打ち込む事でもよい。そうする事で忘れる事ができたとしても、全てを忘れているわけではなく、また戻ってくると、その逃避した時間の全てを話す事が出来る。

*(注1:尚、自分の場合は一過性の解離で、寧ろ、生まれつき患っている頚椎・胸椎・腰椎のヘルニアがあることや脳髄液減少症になりやすいため、生体構造が元々脆弱であることから、ストレスで解離が起きれば、先に身体の異常が出る。)

*(注2:尚、注1の身体の異常については、身体表現性障害に含まれる「転換性障害」の可能性もあるが、極端な性嫌悪症が発生してすぐにヘルニアの障害がでることや、ストレス環境が続いた場合にはヘルニアの障害が元々出ているため、ヘルニアの障害である可能性が非常に高い。また、闘病生活が過酷であったため、ヘルニアの闘病生活に関わる障害や症状についてのトラウマやPTSDが存在し、殆どが痛みによるものだが、これも重度となる。)

 しかし、解離性遁走に逃げる人は、遁走の間、全てを忘れる事が出来る。そして、遁走から抜け出たときも、遁走の間に起こったことについては何も覚えていない。解離性遁走の目的はまさしく逃げて忘れる事になる。

 こういった解離性障害における解離と正常な解離には連続性があると考えられている。即ち、一時的な急場しのぎの軽い解離という解離という方法が、あまりにも長く続き、もしくは個人のコントロールをはるかに超えるときには、解離は異常となる。

 そして、甚だしい解離性健忘は、人を、その人自身の過去から切り離す。

 尚、解離性障害の分類としては、「解離性健忘」「解離性遁走」「転換性障害」「特定不能の解離性障害(ガンザー症候群)」「解離性同一性s障害」「小児期あるいは青年期に見られる一過性解離性(転換性)障害」「特定不能の解離性障害(他の特定の解離性障害・転換性障害。心因性錯乱・心因性もうろう状態)」「離人症性障害」「特定不能の解離性障害(解離性障害・転換性障害、特定不能のもの)」「急性ストレス障害(急性ストレス反応・後遺症がPTSD)」としている。


 次回、解離の概念や定義について、ふれて行きたいと思う。

posted by 0≠素子 at 14:32| Comment(0) | 『解離』について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月25日

愛着という言葉から浮かぶこと

 『さて』の続きより。『愛着臨床と子ども虐待』の序文の文中を用いて考察していこうと思う。

### お題 ###

 『愛着』と言えば、発達心理学や実験心理学、さらには臨床心理学、人格心理学、社会心理学、精神医学、子ども家庭福祉学の分野で多くの実証研究がなされてきており、臨床の分野における影響も計り知れないものがある。

 上記について考えていく。

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posted by 0≠素子 at 02:00| Comment(0) | 個人研究課題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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