2009年01月23日

自己愛性人格障害

 自己愛性人格障害(narcissistic parsonality disoder)患者は自分が重要であるという誇大的な感覚と、何らかの天で自分が素晴らしいという大げさな感覚によって特徴付けられる。

### DSM-IV-TR の 301.81
  自己愛性パーソナリティ障害の判断基準 ###

誇大性(空想または行動における)、賞賛されたいという欲求、共感の欠如の広範囲の様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

(1)自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する。十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する。)

(2)限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。

(3)自分が「特別」であり、独特であり、他の特別な、または地位の高い人たちに(または施設で)しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている。

(4)過剰な賞賛を求める。

(5)特権意識、つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従う事を理由なく期待する。

(6)対人関係で相手を不当に利用する。つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。

(7)共感の欠如:他人と気持ちおよび欲求を認識しようとしない。またはそれに気づこうとしない。

(8)しばしば他人に嫉妬する。または他人が自分に嫉妬していると思い込む。

(9)尊大で傲慢な行動、または態度。

*(「DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル第4版、本文改訂版」「Diagnostic and Statistical Munual of Mental Disorders, 4th edition, Text Revision : DSM-IV-TR」より転載)

 自己愛性人格障害者は、自分が重要であるという誇大な感覚を持っている。彼らは自分自身を特別の人と見なし、特別の待遇を期待する。批判を受け流し、誰かが非難しようとすると立腹するか、あるいは非難は全く無関心のように見える。

 また自分のやり方を望み、しばしば名声と富を熱望している。名誉を与えられる事に対する感覚は鋭い。

 しかし、彼らの対人関係は壊れやすい。習慣的な行動規則に従う事を拒絶するので、他者を怒らせる。彼らは感情移入を示す事が出来ず、利己的な結果を得るためだけに同情を装う。対人関係で利己的に人を利用するのは普通のことである。

 患者の自尊心はもろく、躁鬱傾向にある。対人関係上の困難、拒絶、損失と職業上の問題は自己愛者が自分の行動によって、よく生み出すストレスである。これらのストレスに彼らが対処する事は難しい。

 疫学においては、自己愛性人格障害の有病率は、DSM-IV-TRによれば臨床的母集団では2〜16%、一般人口では1%未満である。患者は全能感、偉大さ、美しさと才能に関して自分の子共に非現実的な感覚を与えるので、この障害を持つ親の子供には通常より発症の危険性が高くなる。報告される症例数が、確実に増加していると言う。

 鑑別診断においては、境界性、演技性、反社会性人格障害をしばしば併存するので、鑑別診断は難しくなる。

 自己愛人格障害を持つ人は、境界性人格障害を持つ人より不安が少ない。生活が混沌とすることも少なく、自殺企図もより少ない。反社会性人格障害患者は衝動行為の病歴があり、しばしばアルコールや他の物質の乱用と関係し、そのことによって頻繁に法的トラブルを引き起こす。

 演技性人格障害患者は、自己愛性人格障害を持つ人に見られる類似しア露出症と操作的対人関係の特徴を示す。

 経過と予後においては、自己愛性人格障害は慢性化し、治療が難しい。この障害の患者は、自らの行動、または人生体験に由来する。自己愛に対する打撃に絶えず対処しなければならない。患者は美しさ、強さ、若さに不当に高い価値を置き、それに執着するため、華麗にうまく対処できない。それゆえ他の障害より中年期に傷つき易い。

 精神療法においては、自己愛性人格障害を持つ人の治療の成果を上げようとすれば、自己愛を放棄しなければならないので、自己愛性人格障害の治療は難しい。

 カーンバーグとコフートの「精神分析的接近法を用いることにより変化をもたらした」とする主張があるが、これを妥当とし、裁量の治療法を決定するには多くの研究が必要とされる。また「理想的な環境において分かち合いを学ぶ集団療法により、他者への共感的反応を促すことができる」と論ずる研究者もいるが、自己愛に固執する質量が高いほど難しくなるため、自己愛性人格障害の治療に妥当とされる治療法は、まだ見出されていない。

演技性人格障害

 演技性人格障害(histrinoic personality disorder)を持つ人は興奮しやすく感情的であり、華麗で、劇的で、外交的に行動する。しかし、彼らの華々しさの陰には、しばしば長期にわたる深い愛着を維持する能力の欠如が存在する事がある。


### DSM-IV-TR の 301.50
  演技性パーソナリティ障害の判断基準 ###

過度な情緒性と人の注意を引こうとする広範囲な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

(1)自分が注目の的になっていない状況では楽しくない。

(2)他者との交流は、しばしば不適切なほど性的に誘惑的な、または挑発的な行動によって特徴付けられる。

(3)浅薄で素早く変化する感情表出を示す。

(4)自分への関心を引くために絶えず身体的外見を用いる。

(5)過度に印象的だが内容がない話し方をする。

(6)自己演劇化、芝居がかった態度、誇張した情緒表現を示す。

(7)被暗示的、つまり他人または環境の影響を受けやすい。

(8)対人関係を実際以上に親密なものとみなす。

*(「DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル第4版、本文改訂版」「Diagnostic and Statistical Munual of Mental Disorders, 4th edition, Text Revision : DSM-IV-TR」より転載)

 演技性人格障害患者は、甚だしい注意要求行動を示す。彼らは全てのものを実際以上に重要に感じ、考えや感情を誇張する傾向がある。注目の的にならなかったり、あるいは賞賛や承認を受けないと癇癪を起こし、涙し、非難をする。

 誘惑的行動は、男女共に見られる。患者が関係している人に対しての性的な幻想はよくみられるが、しかし、患者のこれらの幻想についての言語化は一貫しておらず、性的に積極的であるより寧ろ恥ずかしかったり、遊戯的であったりする。

 事実、演技的な患者は心理的性機能障害(psychosexual dysfunction)を持っている可能性があり、女性は不感症で、男性はインポテンスである事がある。このことから、彼らは、異性にとって魅惑的だということで自分自身を安心させるために性的行動に基づいた行動をするのだろうと推測されている。

 彼らの安心への要求には終わりがない。対人関係は表面的な傾向があり、自惚れが強く、自己にとらわれ、そして気まぐれである。その反面、強い依存要求により彼らは過度に信用してしまい、騙されやすい。

 演技性人格障害患者の主な防衛は、抑圧と解離である。それゆえに感情は自分の本当の勘定に気がつかず、動機を説明する事が出来ない。ストレス下では、現実検討が容易に障害される。

 診断においては、演技性人格障害患者は面接では一般的に協力的で、詳細な病歴を提供しようとする。会話における身振りと演技的な中断はよくみられる。

 彼らは非常に饒舌で、言葉も華やかである。感情表出は一般的であるが、特定の感情(怒り、悲しみ、性欲)を認めることを強いられると、驚き、憤慨し、あるいは否定的に反応する。

 数学もしくは集中課題で忍耐不足が認められても、認知機能検査の結果は通常正常であるが、感情が付加された材料に対する記銘力の悪さは驚くほどであると言う。

 鑑別診断においては、演技性人格障害と境界性人格障害の鑑別は難しい。境界性人格障害では、自殺企図、同一性拡散と短期間の精神病がより多く認められる。両方の障害が同一患者で診断される場合もある。しかし、この場合は臨床医はこの2つを分けるべきとしている。

 身体化障害(ブリケ症候群)は演技性人格障害と共に生じる可能性がある。また、短期精神病的障害と解離性障害のある患者は、演技性人格障害があると診断してもよい、とされる。

 無論、この診断基準は「カプラン・臨床精神医学テキスト〜DSM-IV-TR診断基準の臨床への展開」を元にしたものである。

 DSM-IV-TRによると、一般人口研究(米国基準)における限られた資料では、演技性人格障害の有病率は2〜3%である。構造的な評価では、精神保健施設の入院及び外来患者の約10〜15%にその診断が下されている。身体化障害とアルコール使用障害との関連を見出した研究もある。

 経過と予後においては、演技性人格障害は、症状が年齢と共に減ずる傾向にある。若いときと同じ活力はないため、その違いは実際より明確に見える。しかし、患者は人騒がせであり、法律上の問題を起こしたり、物質を乱用したり、そして気まぐれに行動したりすることがある。

 精神療法においては、演技性人格障害患者は、自分の本当の勘定にしばしば気がつかない。それゆえに彼らの内的感情の解明は重要な治療過程であるとされる。集団であれ、個人であれ、精神分析的に方向付けられた精神療法は、演技性人格障害に選択すべき治療法であろうとDSM-IV-TRのテキストでは推薦されている。

反社会性人格者について

 反社会性人格者(antisocial personality disorder - APD)とは、青年期と成人期を通じて存在する社会的的規範に従う能力の欠如をさす。

 継続的な反社会的行動や犯罪行為によって特徴付けられるが、犯罪性とは同義語ではない。

 一般的には逸脱性を示す。これに関する研究過程には逸脱性の認知行動といった研究も行われており放送大学で講義されている。

 国際疾病分類代10版「10th revision of the International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems : ICD-10」では、この障害に対して非社会性人格障害「dissocial personality disorder」という用語が用いられている。


### DSM-IV-TR の 301.7
反社会性パーソナリティ障害の診断基準 ###

A. 他人の権利を無視し、侵害する広範囲な様式で、15歳以降起こっており、以下のうち3つ(またはそれ以上)によって示される。

(1)法にかなう行動という点で社会的規範に適合しない事。これは逮捕の原因になる行為を繰り返し行う事で示される。

(2)人を騙す傾向。これは繰り返し嘘をつくこと。偽名を使うこと。または自分の利益や快楽のために人を騙す事によって示される。

(3)衝動性または将来の計画を立てられないこと。

(4)いらだたしさ、および、攻撃性。これは身体的な喧嘩、または暴力を繰り返すことによって示される。

(5)自分または他人の安全を考えない向こう見ずさ。

(6)一貫して無責任である事。これは仕事を安定して続けられない。または経済的な義務を果たさない、ということを繰り返すことによって示される。

(7)良心の呵責の欠如、これは他人を傷つけたり、苛めたり、または他人のものを盗んだりしたことに無関心であったり、それを正当化することによって示される。

B. その人は少なくとも18歳である。

C. 15歳以前に発症した行為障害の証拠がある。

D. 反社会的な行為が起こるのは、統合失調症や躁鬱エピソードの経過中のみでない。

*(「DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル第4版、本文改訂版」「Diagnostic and Statistical Munual of Mental Disorders, 4th edition, Text Revision : DSM-IV-TR」より転載)

 反社会性人格障害患者は、経験豊富な臨床医の目を欺くことがある。面接中落ち着いて信用できるように見えるかもしれない。しかし、その見せ掛け(もしくはクレックレイ「Hervey Cleckley」の用語を借りれば、正気の仮面)の下には、緊張、敵意、焦燥感と怒りが存在する。

 病理を明らかにするためには、患者の吹く暦における矛盾を指摘し直面かさせるストレス面接が必要であると言う。

 診断的診察は、徹底的な神経学的検査を含むべきだとする。これには、幼児期の微細な脳損傷を示唆する脳波異常や微細な神経学的兆候をしばしば患者が示すためであり、これらの所見は臨床的印象を確認するのに役立つ。

 反社会性人格障害患者は、しばしば正常に見え、魅力的で愛想のよい外見を示す事さえある。しかし彼らの病歴には、多くの生活領域における機能の障害が表れている。虚偽、ずる休み、家出、盗み、喧嘩、物質乱用、不法行為は、子供の頃から始まったと患者が報告する場合には典型的な体験によるケースに該当する。

 しばしば反社会性人格障害患者は、緯線の臨床医には華やかで誘惑的な印象づけるが、同性の臨床医は彼らを操作的で自分本位と見なすだろう。

 反社会性人格患者は、彼らの状況とは非常に不釣合いにみえる、不安あるいは躁鬱状態の欠如を示し、反社会的な行動に関する彼ら自身の説明には考えがないように見える。自殺する恐れと身体へのとらわれはよくある。それにもかかわらず患者の心的内容は、妄想や他の不合理な思考の兆候を全く欠いている。実際彼らは、現実検討において他界観受精を示す。彼らはしばしばよい言語知能を持っているように、観察者に印象付けると言う。

 反社会性人格者は、いわゆる詐欺師によって代表される。彼らは非常に巧みに人を操り、しばしば金銭を得るための、また、名誉と評判を得るための陰謀を他者に言葉巧みに語る。

 反社会性人格障害患者は真実を告げず、どのような仕事にせよ、それを遂行する事が期待できず、いかなる習慣的道徳にも従うとは考えられない。乱雑さ、配偶者虐待、児童虐待、飲酒運転は患者の人生で一般的な出来事である。特記すべき所見は、それらの行動に反省がないことで、つまり、患者は良心を欠いているように見える。

 鑑別判断においては、反社会人格障害は、この障害が患者の多くの領域を巻き込んでいるという点で、単なる違法行為とは鑑別されうる。反社会的な行動が唯一の症状である場合には、DSM-IV-TRにおいては、臨床的関与の対象となりうる状態の中の成人の反社会的行動という区分に分類される。

 ルイース(Dorothy Lewis)は、これらの患者の多くは、今まで見落とされていたり診断されたかった神経学的障害、もしくは神経学的障害であることを発見している。

 実質のところ、反社会人格障害の物質乱用との鑑別はいっそう難しいとされており、物質乱用と反社会的な行動が小児期から始まり、そして成人まで続く場合には、両方の障害と診断すべきとしている。

 しかし、反社会的行動が、明らかに発病前のアルコール乱用やその他の物質乱用から生じた二次的なものであるときは、反社会性人格者の診断はなされない。

 反社会性人格者の診断の際には、臨床医は社会経済的状況、文化的背景、そして性の関与がその発現に与えるゆがんだ影響を調整しなくてはならない。さらに精神遅滞、統合失調症もしくは躁病によって症状を説明することが出来るならば、反社会性人格障害の診断はなされない。

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人格(パーソナリティ)障害とは

 「人格(パーソナリティ)」は、一般に目に見える人の行動、および主観的に報告できる内的経験を包括的に記述するための標識として使用される。

 このように示される個人の全体は、その個人の生き方の公的、私的、両方の側面を表す。

 「人格」という言葉は、現れている現象の物理を示す、攻撃的、受動的、というように、生物学的な意味合い、且つ、理学的な意味合いを持つことや、精神医学的意味を持つ限定形容詞を伴っている事があるが、あるいは、性質を現すものとして、野心的、信仰が厚い、好意的…など、病理学的含蓄を持たない形容詞を伴っている事もある。

 精神医学や臨床精神医学においては、人体の構造を基礎にした理学的な解釈(理学系)を土台としているため、心理学で扱うもの学問(文学系・人類社会科学系)とは全く違った解釈となる。


 人格障害の診断を構成する一尾一貫した一連の資質には、所与の状況下でその人がどのように振舞うかについての予測が含まれる事になる。

 その資質は、もしその人が精神疾患に罹患するとすれば、その疾患が呈しうる発現形式を示唆することにもなり、それは、その人の能力障害や治療的接近法に関する手掛かりを臨床医に提供する。

 即ち、精神疾患に関するものについては、DSMやICDにおいて診断基準が設けられているが、厳密にいえば、DSMとICDにおいては統一されておらず、同じDSMでもDSM-IVとDSM-IV-TRとでは、判断基準が異なるものがあるため担当医がどの判断基準を使用するのかで左右される。誤診されるケースが多い誤診問題を生じさせる精神疾患もあるが、何れにせよ、判断基準によって診断される。

 精神科診断用語として用いられるにせよ、一般用語として用いられるにせよ、人格標識は、その人と関わらなければならない医師(或いは、精神疾患者と接しなければならない当事者)にとって必要不可欠なものとなる。

 因みに、トラウマと関連性が深いASDやPTSDやC-PTSDは人格障害には該当しない脳神経系の損傷による障害や後遺症である。即ち、脳神経系のシステムの破損による障害であって、生理面上の物理現象による。

 厳密には、ASDやPTSDやC-PTSDは自己防衛機能が発達したもので、自身のみを守るために、環境に対応できるようにそれを発生させている。神経系が深く傷がつくと環境に対応できないまでの障害を引き起こすことがあるため、ASDやPTSDの診断基準や治療法があり、一度傷つくとなかなか治らないが、フラッシュバックが発生し難いような、適した環境が整っていれば回復する事は可能とされる。


 人格障害(パーソナリティ障害)を持つ人は、不安障害、うつ病性障害、あるいは、強迫性障害を持つ人よりも精神科学的援助を拒絶し、また自らの問題を否定する可能性が遙かに高い。

 人格障害の症状は、環境変容的(alloplastic:外部環境に適応したり、それを変容させたりする)で、しかも自我親和的(ego-syntonic:自我による受け入れが可能)である。

 人格障害を持つ人は、自らの不適応行動について不安を感じない。症状は他者には認識されるが、彼ら自身は症状に由来する苦痛に通常は気づかない。しばしば治療に無関心で回復を望む事も無い。


 精神疾患の診断・統計マニュアル第4版、本文改訂版(Diagnostic and Statistical Munual of Mental Disorders, 4th edition, Text Revision : DSM-IV-TR)では、人格障害は、文化的基準から逸脱した主観的経験と行動が永続的に堅固に固定化し、青年期または成年期早期に始まり、期間中ずっと安定し、それが不幸や障害繋がるものと定義されている。

 ここでは、堅く不適応的な人格特性(parsonality trait)によって機能障害や主観的苦痛が生じるとき、人格障害と診断される可能性があることを示唆されている。

 尤も、可視上での観測は一概にも言えず、判断基準の中ではどれ氏も当てはまるように見えるだけ、判断基準のみ説明された抜粋した手引きだけでは誤診にもなりやすい。

 診断するには、実際に認知行動や心理状態が一致するものか詳細まで見なければ容易に誤ってしまう可能性が高い。


 因みに、私が持つC-PTSDやトラウマに関する障害とも関連性がある性嫌悪症や性機能不全は人格障害に当たらない。環境における問題について、生存危機の感覚が非常に強いのも被虐待児のサバイバーであるからにある。

 人間嫌いも加害されたC-PTSDやトラウマが原因となっている。ただ個人の趣味に耽っているだけだから、引き篭りでもない。一匹狼なのは一人っ子だから一人で生きていけるように、幼少から両親にスパルタ教育を受けてきたことにある。

 一般人と違う事は、「自我がないこと」や「自己の存在価値がまったくない」ことにあり、「生存危機から問題を解決す用とする認知行動パターン」や「"環境に望まれて存在するわけではない"とするトラウマから発生する自己殺傷傾向パターン」が胎児期にしっかり構築されていた事であり、生存危機を発生させる原因が被虐待児だった父の障害で幼児期まで根っから嫌われて虐待されたために「異性に対応する能力が完全に欠落している」ことにある。しかも、胎児期の段階のエラーで別性の男脳を持つ…。だからなんだろう、理論計算や物理的な解釈に強い。

 残念ながら、今のところ、自分にはパーソナリティー障害と言うものには当てはまらない。それは子供の頃から専門書を漁っては問題解決しようとしてきたからなんだろうと思う。悪いところが見つかり次第改善に努力し治すように努力して対処した。何故かと言えば問題で生じる苦しみが一番嫌だからにある。だから根本から断つ。自身が問題なら容易に取り組む事が出来る。そういった認知行動パターンは、要は、始めのうちは親の姿を見よう見まねで対応してきたわけなんだが、それが固定化されたのは10歳の頃である。それは日常生活で問題を抱えていたからなしえた話だった。


### お奨めの著書 ###

■『パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか

 わかりやすく説明された本書で、手軽に読む事が出来るほか、対応の仕方が書かれれいる実用書となっている。個人的な話では、これにあげられているものの中には、どれも私に当たるものがない。このためしばらく「何故だろう?」とか、「人格崩壊しきった自身では、もはや自分は人間じゃないのかな?」などと一時は考えたが、要は、障害に当たっていないという事なのだろうと解釈するに至った。

このため、自分自身については特に役には立っていないが、ヒトと関わる際で問題が生じたときに良いガイダンスとなった。依存ではなく、胎児期のトラウマで発生した自己殺傷で「自我そのものが無い」場合はどうなんだろうね…。と思う。生まれてからは生存危機でやたらと自身を殺してきた。気がつけば何も残っていなかった。児童期には何も無かった。ただ、C-PTSDやトラウマでフラッシュバックしていただけであったりする。


■『パーソナリティ障害とむきあう―社会・文化現象と精神科臨床


現在臨床心理学においての矛盾点の考察や検討をミリ単位で行っていた林直樹先生のテキスト。

もっと詳細データを入手したければ、万単位になるが、林直樹先生のテキストは他の専門書より密度が非常に高い。お奨め。

 因みに判断基準を用いての診断においては、実際では「そのように見える」ものであっても、それなりの理由がある場合がある。環境における条件値によって引き起こしている可能性もあるため、見た目だけでは判断しがたいところにある。

 このため、より多くのデータを必要とし、心理動向や認知行動パターンが診断される病理に全て当てはまるか十二分に吟味されなければならない。

 判断基準のハンドブックでは判断基準のみを抜粋されたものが発刊されているが、実際の病理では、1つ1つの病理についてはかなり奥が深く、突き詰めて追っていけば、該当しない可能性も高い。

 このことから、せめて、必要最小限の知識として、臨床医学の体系をテキスト化(医学・生物学・化学も包括している)した「カプラン・臨床精神医学テキスト〜DSM-IV-TR診断基準の臨床への展開」に書かれている要所に目を向けられなければならない。

 しかし、「カプラン・臨床精神医学テキスト〜DSM-IV-TR診断基準の臨床への展開」を通してみても、物事の成り立ちや流れから考えてみれば、疑問点がいつくか生じる。また、使われている言語について重なる言語であって違う意味を示す言語も多数あるために誤解を受けやすい状態となっている。

 例えば、「人格(パーソナリティ)障害」p864に「解離」という項目の説明があるが、この「解離」は「解離性障害」の規定で扱う「解離現象を示す【解離】」ではなく、「底抜けの楽天家よろしく不愉快な感情を心地よいものに置き換えてしまう」とある。訳し方の問題もあるのだろうが、要は、そういったテキストの中でも矛盾点がある場合があるので、要注意してみていく必要性がある。

 このように1つずつ物事を組み立てながら行っている上で、理論展開を行っている。


 尚、日常生活に支障をきたさない場合や私生活に障害をきたさない場合には、障害には当たらない。このため、私のように、医療機関に行っても、面談の診察状において正常すぎるほど正常すぎると言われて治療を断られるケースさえある。つまり物事を正確に認識しすぎてのうつ状態だったのだが、対処できると判断されたのか、追い出された。

 実はこの話は私が学生当時の話で、その頃も既に周りに反社会性人格者やらパーソナリティ障害者などが多く危害が加えられやすい状態であって、世の中、何だかおかしな流れになっていた頃の話である。

 日常生活が行きづらい事からのもので発生した鬱なんであるが、当時の医学書ではわからなかったので医療機関を頼った。面接場で問題を引き起こしている悩みから、対処の仕方を述べた上で、自分はどこがおかしいんだろうと質問したからだろう。「正常すぎるほど正常すぎる。寧ろ、一般人よりも正常すぎる」と言われ、うつ病の治療をされる前に追い出されたという話である。

 要するに「間違った事は何一つ言っていないのだから【自分に自信を持て】」と言うところだったのだろうか、私が抱えている問題について怒りを抱いたのか、どうなのか、吐き捨てるようにいわれただけに、定かではない…。

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2009年01月22日

社会の天敵になりやすいパーソナリティー障害

 ネット事情や社会で問題を引き起こす原因を突き止めるために、リサーチを行い初めて、およそ10年…。

 行動科学のプロファイルの知識や技術というのは、80年代から登場しているので、当時から直ぐに情報収集して対処するためのノウハウとして取り入れたものだから、私にとってはそれを駆使する事は難しい話ではなかった。

 問題を引き起こしている人物のプロファイルの分析や認知行動パターンの分析は、私がPCを使いはじめて掲示板を使い始めたおよそ11年前当時から密かに行っていた。

 当初は、まだ根拠とする学術上のデータベースが揃っていなかったので、それまでは保留としながらも、リサーチを行っていた。現在の段階では、知識が統一されておらず定義について整理が成されていなくても、経験値によるデータから、妥当な見解を割り出すことが出来る。

 ネット事情や日常の社会問題を引き起こしている原因として、パーソナリティー障害者の認知行動が原因となっているのが80%で、認知発達障害者の認知行動が20%に相当する。

 無論、パーソナリティー障害には合併症や認知障害も伴う事もあるので上記の割合にしている。


 社会において大きな問題を引き起こしているものの大概が、パーソナリティー障害者の認知行動が原因となっており、第一の問題としては、反社会性人格者(antisocial personality disorder - APD)で、社会的規範に従う能力の欠如をさし、継続的な反社会的行動や犯罪行為によって特徴付けられるが、犯罪性とは同義語ではない。一般的には逸脱性を示す。

 また、統合失調症様障害においては、米国において連続殺人事件を起こした受刑者の研究から、脳の損傷によって人間性や人格を失い、事件性に発展した報告もあるので、ここでは参考程度に一例としてあげておく。(尚、この報告には検討が行われていない状態でディスカバリーチャンネルで報道されている。)


 パーソナリティ障害者には合併症や認知障害も伴う事もあるので、個別にプロファイルの作成が必要となる。

 特に、境界性パーソナリティ障害(以後、「BDP」と省略)においては、合併症や認知障害も伴う事でよく知られる。複数の人格障害を持っていることもある。最も最悪なケースが、一例として、「反社会性人格障害+BPD障害者」「APD+BPD障害者」「BPD+AD/HD障害者」「BPD+統合失調症障害(SD)」「BPD+妄想性人格障害(SPD)+AD/HD」など、複数の人格障害を多数持っていたり、認知障害を持っている事がある場合である。

 単体の「BPD」では依存してしまうことから、環境が悪ければ被害者から加害者に転じやすい。

 特に一部のBDP当事者は「搾取・改竄・捏造・偽装」し「踏み台」や「捌け口の的に当てる」常習犯であり、私欲を満たすために平気で虚偽を行い目的を達成しようとする。

 まず、一部のBPD当事者は自我が強く、まず自分が悪いとは思わない。必ず人のせいにする。そして現実の状況を正しく理解できない。これは欲望や煩悩が捨てきれないところにあり、欲望や煩悩を捨てきれずに、物事を捻じ曲げても目的を達成しようとするから、BPDという障害を抱えている。

 たとえば、一部のBPD当事者が無いものを他者が持っていたとすると、その人物になりきろうとする。その人物になるために、文学・芸術系の作品やアダルトコンテンツなどで、「搾取・改竄・捏造・偽装」し「踏み台」とする中、嫉妬なども重なって「捌け口の的に当てる」常習犯である。

 一部のBPD当事者は自身の敵である者は、悪者として指定し「搾取・改竄・捏造・偽装」し「踏み台」として、自身の憎悪の「捌け口の的に当てる」常習犯であり、自身の欲望が満たせるように都合よく物語を形成する。

 問題となるのは、BPD当事者は「表向きには善人であることを装う」偽善者で、不自然と思われるほどの「必要以上に善人であることを強調」する。

 その上で、「モデルとした当事者になりきるために」、モデルにした当事者を悪者になるよう汚染情報を流したり、都合が悪くなればモデル当事者に的を向けるように捏造する。立場が悪くなり、対応できない問題が対処できなければ当事者を楯に出す習性にある。

 そして、周囲には、私欲が満たせるように、平気で嘘をつく。

 これらは判断基準においては複数の人格障害を持っていたり、合併症を引き起こしていることも多く、認知障害も伴う事もあるので、BPDの専門書においては、判断基準別に示さず、包括して記述している事が多い。

 いわば、重度の人格障害を持っている場合のBDP当事者は「搾取・改竄・捏造・偽装」し「踏み台」や「捌け口の的に当てる」常習犯であり、私欲を満たすために目的を遂行するその道のプロともいえる。

 一番被害を受けるのは、道具にされた当事者で、覚えも無い事で周囲に攻撃され、ASDやPTSDなどを被らされる事などは日常茶飯事である。当然、道具にされた被害者である当事者も自身の身を守るために攻防に入る。

 その次に被害者となるのは騙された人々となる。真実がわかって、事件性に発展することなども日常茶飯事で、タイミングがぴったりと合う事から、自殺や事件に発展する事も多いのではないかと見ている。

 多くのBPD当事者は、日常生活においても、問題を引き起こしていることが多い。例えば、私欲の矛先を「呑み事とギャンブル」に身を置くことで私欲を満たすパターンを示す人格者で、呑みごとやギャンブルに依存してしまうケースである場合、借金を容易に増やしてしまい、家族を平気で傷つけて精神的苦痛に追い込んでしまいがちになることから、家族を重度のC-PTSDに至らしめることもある。

 このようなケースから、C-PTSD当事者とBPD当事者の紛争が行われ続けるケースさえよく見る。


 勿論、そういった紛争の中で、対応者の対応によっては、次第に障害が淘汰され、障害となさないケースもありえる。

 また、「BPD」単体だけなら不安定となるだけであって、「BPDそのもの」が悪いというわけではない。


 複数の障害を持つBPD当事者が引き起こす問題については、「誰かに依存しようとする」癖を誰かが容認してしまうことからにあり、「自立できていない」ことにある。 − つまり、認知発達の過程で言えば、3歳児から止まっている状態で成長しているという話になり、その成長過程には「依存しながら生きる方法」を学んでいる事にある。

 結論から先に述べれば、複数の障害を持つBPD当事者の辞書には「自立」や「自己責任下」という文字が全く存在しない。それは、生まれてから一度も経験していないからである。

 こういったケースの問題解決には、完全に離別するしかない。


 認知発達障害者の認知行動である場合、易しく説明しても理解できずに意思を一方的に押し付ける傾向にあるため、当てられた個人や社会が迷惑を被る事がある。

 認知発達障害者が被害を引き起こす原因は、現実や物理を理解する事が出来ず、誇大したり、肥大したものを作っては押し付ける傾向にあることだ。

 しかし、認知発達障害者の認知行動は未発達による原因だから、認知行動パターンが限られるため、パーソナリティー障害者が引き起こすような致命的な障害は引き起こさない。

 問題は、認知発達障害者はBPDを筆頭とする多くのパーソナリティー障害者(全てではない。8/10程度のもの)に利用されてしまうケースに至り易いという事である。


 以上のことから、私自身も彼らに被害を受けてしまう状態でもあるため、問題解決のために、BPDについての学術上のデータを取り上げていくことにする。

 即ち、11年前より加害され続けたため、復讐の障害を持つBPD当事者である加害者と離別するためにデータを取り上げるということである。


 私がこのような行動を取るのも、それなりの理由というものが存在する。

 私がこのような行動を取るのには、許容範囲以上の被害を受け続けてきたからであって、普段は切れることが無い私でも堪忍袋の緒を切らせるだけの被害を受けたからにある。

 また、これ以上、社会に被害を生み出さないためのものでもあり、被害を受け続けた当事者が身を守るための攻防そのものでもある。

 大概は文学・芸術系の作品で扱われる事が多く、特にアダルトコンテンツでは、いじめなど嫌がらせに当てられて製作されることが非常に多く、過去に遡るほど酷いものが存在する。

 それは都市伝説から始まったものだから気がついたときにはわけがわからないような状態に至っていた社会問題だったが、現在に至るまで整理が行われており、現在では系列に分かれているのがわかる。

 そのような流れの中でわかってきたことは、社会において大きな問題を引き起こしているものの大概が、パーソナリティー障害者の認知行動が原因となっているということである。


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2009年01月20日

ヒステリーの歴史

「解離」がヒステリーの症状形成をめぐる主要な概念として使用され始めたのは1890年代終わりごろにあたり、「解離」という言語は、「第一次力動精神医学(1775〜1900)」におけるヒステリー症状形式の説明概念に由来することで知られており、勿論、解離性障害に相当する病態は古くから知られている。

 「ヒステリー」については、DSM-V、ICD-10よりでは病因論を排し、特定の理論に依拠しない方針が採られたため、「ヒステリー」は疾病分類の表舞台から姿を消した。


1.『Mesmer

 ヒステリーという言葉を神経症との関連において最初に用いたのは、Mesmer F.A.(1734〜1815)である。彼は跋魔術から力動精神医学への転回点に立つ。彼はヒステリー患者(現在の解離性障害をもつ患者)に「分利(crise)」を起こさせることで治療を行った。(dat:『Crise (médecine)』)

 Mesmerは自分の体内の「動物磁気」が「交流(rapport)」を介して、患者の中に磁気流を生じさせたと考えた。

 即ち、Mesmerは宇宙に偏在する物理的流体が存在し、その平衡と失調とで健康と病気が説明できると考えた。当時からすれば、一見疑似科学のように思える考え方だが、実はまんざら嘘ではない。彼自身はこれを大発見と思い込んでいた。しかし、この考え方は古代インドのバラモンの知識や、中国の気孔術と同等のものにあたるもので、古代から考えられ民間で行われてきた療法である。

 Mesmerの理論では、病気は、流体の量的不足、分布異常、質の粗悪さ、この三種類によって説明された。磁気術師は「交流」を介して自らの良質な流体を患者に移し、患者の中の平衡を回復させるものと考えられていた。

 また当初、彼の弟子として出発したPysegur,J.(1754〜1848)は「物理的流体」の実体性を否定し、むしろ施術者の意思が治療に働くと考えた。即ち「暗示」や「催眠術」のようなもののことだろうか…? 彼は、人口夢遊病状態を作り出し治療を行った。

 実のところ、Mesmerの理論においては、心当たりがある。何故なら、動物は磁気を感知して行動するという習性は生物学では知られているあたりであり、生物にとって、磁気は必要不可欠なものとなることは、自然科学の有識者の中では誰しも知っている話となる。

 また、磁気は巨大地震などでは一部の生物に影響を与えている事も知られている事から、磁気が与える生物の影響についての研究課題さえある。

 これらに関する研究は現在のところでは、まだ詳しくは解明されていないが、生物物理学の理論上の可能性としては残されている。

 私的には、個人の体験の上で知っている事といえば、ヘルニアなどの脊髄疾患である場合には磁気の影響を受けやすいということや、自律神経失調症の場合にも磁気の影響を受けやすいということであり、心身ともに健康でない場合には、生体を営むシステムが不調になり、システムのメカニズムへのストレス付加で障害を引き起こし易くなるということである。

 物事の道理としては、身体が不健康である場合には、生体システムに障害が出た場合には精神的なストレスが掛かり、そのストレスが自律神経系や免疫システムに障害を引き起こし、生体システムに障害を引き起こしては精神的なストレスが付加される…といった悪循環が生じる。また、精神的なストレスから自律神経失調症を生み、免疫システムまでも障害を引き起こし、生体システムを壊しては、精神的なストレスが生じる…とった悪循環が生じる。

 こういった人体のシステムの物理構造を土台にした上で、物理学の知識を用い(現在は生物物理学といったジャンルがある)、これを、ヒステリーについての概念として、Mesmerの理論に適用する事は、科学技術が進んだ今ではさほど難しくないのではないかと思う。

 現実的に医療に反映させるためには、生物学の知見が非常に重要になる。現象を解明するためには、イオンチャネルといった流れを見なければならなくなる。そうすると、必然的に磁気や粒子など、それらを扱う物理学の観点が必要となる。つまり、医学だけではなく、工学的な知見が必要になる事もある。

 こういった試みの場合、設計図の段階から、リスクやデメリットを計算した上で、ロジック上で組み立てているから、被験者のリスクは少なくて済む。

 つまり、私が行おうとしている事がこれにあたり、個人研究の1つに挙げている。

 逆に、Pysegurの「むしろ施術者の意思が治療に働くと考えた」ことについては、精神医学系の歴史から想定すれば、容易に理解する事が出来る。つまり、物理学的な知見が無く、ファンタジーやSFにあるような仮想的な仮説で研究が進められてきたことが多かったからだろう。

 少なくとも、生物学や物理学的な知見があるのなら、実数が割り出せるから、こうはならない。

 Pysegurの実験は代謝工学的な手法で仮想で行われた実験であるだけに、実用性の高いものではない。しかし、大まかなメカニズムを把握するためには、代謝工学的な手法で仮想で行うモデルを用いる事は有効となる。だが、この手法はあくまでも大まかな相場の把握しかできない。

 しかし、このような手法をとったのは、被験者に大きな負担が掛かるためにリスクの軽い方法を用いたのかもしれない。

 何故なら、臨床実験による被験者による被害は当初から多くあり、1980年代には米国では裁判沙汰となっているほどである。

 当時の研究状態や現在までの状態など考えれば、「むしろ施術者の意思が治療に働くと考えた」その方向性も、まんざら間違いではないだろう。


 尚、このデータは専門過程での学術上のベタの話となる。これらの情報は専門テキストや科学ベースの専門書で確認する事が出来る。

 現在は多方面の分野からの研究が入っているので妥当なデータが挙げられるようになっているが、精神医学系は昔はひどく大雑把なものであって実用的なものとは程遠く、医学とも言い難かった。

 具体的な治療法ができるようになったのは近年の話で、認知行動療法が板についてから促進された。ポストゲノムでヒトゲノム解読達成以降、人体のメカニズムの詳細がわかるようになって脳神経科学も発達している最中である。乗り遅れているのが精神医学で、分子レベルの考察の知見はまだ根付いていない状態となる。

 現状は、精神医学での診断基準でさえ、機関や各国についても違うことから、統一さえされていない状態となっている。

 しかし、だからといって精神医学系は全滅かといえばそういうわけでもなく、研究者によっては、よく吟味されながら論考されたもので構築されているモデルもあり、研究チームによっては、多方面より有識者をメンバーに揃えて、出来る限りの討論を行い整理を行っているものもある。

 要は、次の改定を待つしかなく、来る2012年までに十二分に基準についてよく吟味された上で、一定とした判断基準に改定される必要があり、各診断ケースにおいては、出来る限り実用性があるものに改定した上で、判断基準に反映させなければならない。

 ここに挙げているのは「解離」のメカニズムに関するデータとして、関連するデータを挙げている。

 再三言わなければならないのは、誠に遺憾なのだが、このような科学におけるデータを挙げるにおいても、アダルトコンテンツなどの一連の流れで比喩で関連付けるのはやめてくれないかな。



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解離性障害の概念史
解離とは

posted by 0≠素子 at 11:51| 『解離』について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

解離性障害の概念史

 『解離とは』より。

 「解離性障害」が独立した疾患として疾病分類に収載されたのは、1980年のDSM-Vが始まりとなる。

 この当時、Ellenbergerは、第一次力動精神医学の特徴として以下の5点を挙げている。

### 第一次力動精神医学の特徴 ###

@催眠術を無意識に到達する主用接近路として用いた。

A自動自発性敵夢遊病、嗜眠状態、カタレプシー、多重人格など臨床象が重視された。19世紀の終わりには、次第にこれらの病像がヒステリーとして収劔していった。

B人間心性のモデルとして、意識/無意識モデルが想定された。後に、このモデルは修正され、意識される単一人格と、その底辺に存在する下位人格郡の緩い集合体と考えられるようになった。

C神経症の新しい病理論を提出した。当初、それは未知の流体と考えられたが、これは後に心的エネルギーに概念に置き換わった。

D治療のチャンネルとして「交流(rapport)」が用いられ、催眠術と暗示療法が行われた。Mesemerは「交流」を物理的(電気的)な現象として理解した。その後、磁気術師や催眠術師により心理学的彫啄を受け最終的には、Janetにより術者への心理的依存として定式化された。

 国際疾病分類では、1992年のICD-10の診断基準が規定されるまで待たなければならなかった。

 『ヒステリーから解離性障害へ.解離性障害.精神医学レビュー no.22』において高橋徹氏の説によれば、「解離」がヒステリーの症状形成をめぐる主要な概念として使用され始めたのは1890年代終わりごろであるという。

 無論、「解離性障害」に相当する病態は古くから知られており、DSM-Uでは「ヒステリー神経症(hysterical neurosis)」として、また、ICD-9では「ヒステリー(hysteria)」として取り扱われていた。

 従来の概念から改定されたDSM-V、ICD-10では病因論を排し、特定の理論に依拠しない方針が採られたため、「ヒステリー」は疾病分類の表無頼から姿を消した。


 「解離」という言語は、「第一次力動精神医学(1775〜1900)」におけるヒステリー症状形式の説明概念に由来することで知られている。事実、近年の解離性障害に関する神医学的議論は、第一次力動精神医学の影響を色濃く受けている。

 「解離」については、解離性障害の研究を専門とする研究者によって、ヒステリーに関するJanet,P.の業績が再発見されることになり、その思想が理論的先駆として高く評価されている。

posted by 0≠素子 at 06:22| Comment(0) | 『解離』について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月14日

反社会性人格者は世の中多いんだね…

 精神医学での治療を工学で用いるという考察において、人体と生命工学に関する工学について、毎度のことのように理論で捏ねていた矢先…。

 11年前に物理学の討論のトピック板で学説の理解の仕方についてご教授していただいた師が殺されたようなんですが、疑問です。彼は殺されるだけのような事をしたの?


 1月14日11時33分配信 読売新聞より。中央大キャンパスで教授刺され死亡、黒コートの男目撃されているという。

 14日午前10時32分頃、東京都文京区春日1、中央大学後楽園キャンパスで「トイレで男性が倒れている」と同大の警備員から110番があった。

 警視庁富坂署員らが駆けつけたところ、同キャンパス1号館4階のトイレで、男性が背中などから血を流してうつぶせで倒れているのを発見した。

 男性は背中などを少なくとも3か所刺されており、同11時30分、搬送先の病院で死亡が確認された。背後から襲われたとみられ、同署は、殺人容疑で捜査を始めた。

 同庁幹部によると、刺されたのは、理工学部電気電子情報通信工学科の高窪統(はじめ)教授(45)(電子工学)とみられ、身元の特定を急いでいる。

 現場には凶器とみられる刃物は残されておらず、同庁は犯人が持ち去ったとみている。中央大広報室は取材に対し、「刺されたのは、高窪統教授だった」としている。

 現場のトイレ近くで、同大の20歳代の男子留学生が、現場付近から立ち去る黒っぽい帽子に黒いコート姿の30歳前後の男を目撃し、不審に思いトイレを確認したところ、男性が倒れていたという。

 同署では、この男が事件に関与している可能性もあるとみて、緊急配備を敷くなど男の行方を追っている。

 中央大広報室や同学科の学生の話では、高窪教授の専門は「高機能集積回路」で、研究室は現場のトイレと同じ1号館4階にある。この日は5号館で午前10時40分から始まる2時限の講義「半導体デバイス」を予定していた。

 中央大によると、高窪教授は上智大学大学院理工学研究科博士課程修了。1997年4月に中央大助教授、2003年4月に教授に就任した。

 同キャンパスには、理工学部と専門職大学院に計約4000人の学生が在籍。事件発生時は1時限の講義が行われていた。同大では3時限以降の講義を中止し、キャンパスの門を閉鎖した。


 1月14日13時8分配信 産経新聞より、「優しい先生、なぜ殺されたのか」学生ら動揺広がっているという。

 14日午前、中央大理工学部の高窪統(はじめ)教授(45)が刃物で刺され、死亡した事件。学生らはキャンパスへの立ち入りを禁止され、捜査の様子を不安げに見守った。

 理工学部の男子学生(20)によると、高窪教授はこの日午前10時40分からの2時限目で講義する予定だった。「どうなってるんだ」。授業開始から30分経っても教授が現れないため、学生がざわつき始めたところで、大学職員が休講を知らせに来たという。

 「高窪先生から半導体について教わっていた。教授のトラブルなど聞いたことなく、なんで殺されたのか。大学側から説明がなく、何が起きたのか知りたい」と青ざめた表情。

 理工学部電気電子情報通信工学科3年の男子学生(21)は2年次に、高窪教授の授業を受講した。「まじめで優しい先生。気軽に話しやすく、授業後も学生の質問にていねいに対応していた」。授業中に問題を出して学生に解かせるが、わからない学生には解き方を指導していた。

 学生たちは「まさか大学内でこんな事件が起きるなんて」と困惑した様子だった。


 11年前に物理学の討論のトピック板で学説の理解の仕方についてご教授していただいたきり、師にお会いしてはいませんが、このようなことになって、残念です。

 ご冥福をお祈りします。


 で、彼はそれだけぶんの相当数の妬みを周囲に買われているんでしょうか…。

 殺人事件についての話をしている最中に、人が殺されたというのになんです…。

 卑怯な手口で殺されているというのに、環境の反応は、どうにも、喜んでいるような人もいるような人もいれば、ライバルが一人消えたとばかりに、自分のことしか考えられない人も見受ける…。

 自身が何らかの被害を受けたなら苦痛を訴え、恨み辛みの話になるあるだろうに、そんなに他者の生命の重さは軽いですか…?

 他者の生命を何とも思っていない…そんな人々が世の中多くいます。


 …っていうか…。これだから、人間って大嫌いなんだよ…。


 分析完了。 − 原因や理由はわかった。全ての原因は都市伝説にある。

 これは因果応報の流れ。時が熟したからそうなった。(参考:『この身は泡沫のごとし − 一切に我が物なし』)

 今の今まで知らなかった。恩師の一人がかつて(長年の)加害者だったって…。

 恨みの連鎖は断ち切りたい。

 だから、都市伝説が崩壊して真実がわかったとしても、罪の償い要らない。その代わり、私に二度と関わらないでほしい。

 私は何も望んでいない。

 生きる事も全く望んでいない。

 私は今後も人が集まる場所に出ることは完全にないだから、私によく似たデータは個人の仮想に過ぎないものだと考えてよい。

 たとえ、それが実数で示されたものであっても、それはある個人の観測地点から見たパラダイムであって、私自身の内省までを示すものではないからだ。


 私のことは忘れてほしい。既に死人と同等だから。


 恨みの連鎖はここで断ち切る。

 だからといって、闇の世界に依存し君臨するわけではない。

 私は、今後、周囲からの関わりについて、完全拒絶に入る。

 だから、アダルト作品系やアングラの系も全て完全拒絶のままになる。


 いずれにしても、どちらの皆さんとも、ここでお別れです。

 11年間このときが来るのを、どれほど望んできたのかについては、おそらく、どなたも理解できないでしょう。 − しかし、11年間、心底から望んでいました。

 さよなら。

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2009年01月12日

一概には言えない。

 下記の論文を拝見しました。

### 参考にした論文 ###
Can Playing the Computer Game “Tetris” Reduce the Build-Up of Flashbacks for Trauma? A Proposal from Cognitive Science』 - 研究の詳細。PLoS ONE

 上記の報告は、健全者や比較的軽いASDやPTSDには有効ですが、被虐待児などに診られるC-PTSDなど、重度の傷がある場合には、有効ではありません。

 この実験でテトリスが有効であったのは、仮想上で凄惨な映像を12分間見せたからで、ストレスの可逆性の殺傷性が、テトリスの速度を上げる重圧を跳ね除けるアースとなり、脳内の容量をゲームに集中させる事が出来たために軽減できたと考えられます。

 凄惨な映像40人の被験者に、事故による負傷や死亡など、凄惨な映像を12分間見せた。−とありますが、おそらく、その映像は、一時期民法で放送された凄惨な映像特集の特番やネット上にも見れる凄惨映像レベルの程度のものだと思います。

 研究成果の内容から、おそらく、一般の被験者に当てられたものだと考えられ、重度の障害に悩まされている者を対象とされた研究ではないと思います。

 重度のC-PTSDやPTSDである場合、関連するキーワードが映像内にあった場合には、外傷を受けた当時のものを再体験してしまうため、ゲームが出来ない状態に陥る可能性もあります。

 また、実生活での体験が絡んでいる場合には、条件反射など、自律神経系にも記憶されているため、その分の生体構造内で生じるストレスも発生します。

 このため、被験者の状態によって、脳内の仮想だけの影響なのか、実体験から脳や神経系全体に記憶された傷であるのか、これだけでも現象の起こり方が違いますし、一人の個人を診て行くだけでも、個人の生活の流れ上でのそのときの立地条件でもフラッシュバックの経路が違ってきます。

 したがって、ミクロスケールでの流れを見ていかなければなりませんが、これには脳科学や生物学的な知見も必要とします。

 C-PTSDなら尚の事、複雑性PTSDと言われるだけあって、一度のフラッシュバックが関連するフラッシュバック因子へ次々と転化されていきます。

 例えば、重度のC-PTSDである場合、フラッシュバックが起きたときには、時間の制限に関係しない「ソリティア」が有効で、脳の領域をデフォルトにする際に役立ち、パラダイムチェンジには「フリーセル」が有効です。

 しかし、フラッシュバック時はストレスが生じさせるゲームは出来ません。また、ストレスの可逆性で生じる殺傷性エネルギーのアースには殺傷性の高いゲームは、PTSDやトラウマなどにフラッシュバックする可能性があるので有効ではありません。


 フラッシュバックが生じたときには、フラッシュバックするPTSDやトラウマ回路を使わずに、デフォルト状態、ないし、パラダイム・チェンジする事は、障害を重度に至らしめるのを最小限に食い止めることは事実とは思います。

 しかし、生体構造は複雑な構造を成していることから、個人が生まれ育った環境(特に胎児期から幼児期までが土台となる)で左右し、同じ環境にある家族(兄弟)であっても置かれている立場によって個々に違ってくるため、より構造的、且つ、よりミクロな分析や予測が必要とされます。

 参考とされる研究者においては、個人的には、ピアジェやN.マックウィリアムズ以上の小さなスケールが必要となると考えます。

 私は被虐待児二世で、重度のC-PTSDの障害だけで止めていますが、専門課程の科学書には、私のプロファイルに該当するパターンが存在しないところを考えると、おそらく、人類にありえるプロファイルの体系がまだ揃っていないのではないかと想定しています。



 
posted by 0≠素子 at 05:59| Comment(0) | 私的な見解について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月27日

補足:動機不可解な事件について

 TVを見ていて気がついたことについて補足。

 『やり方が生ぬるいかな』より。

 以下に個人研究による仮説を示す。


 動機不可解な事件について、犯罪学博士の説である〔時代背景と経済状況が影響している(これは妥当な見解)〕に、これはその説に付属する要点(より細かな話)になるが、情報科学による知見(インターネットの世界=個人においては電脳の世界)を側面に見解を入れる必要がある。

 現代の動機不可解な事件については、その時代背景には、MSがブレイクした95年以降98年を全盛期にCPが普及し、インターネット技術が促進したことから、機械に詳しくない者でも手軽に利用できるようになったが、これと同時にこの時期には、インターネット・セキュリティーのインシデント・レスポンスを促進させるサイトや著書(これらは違法ではなく合法)が多くある中、一部の闇サイトでは不正アクセス行為などの違法行為を容易に出来るツールを流通させている闇サイトや、技術を教えていた闇サイトが存在していた。ピークは2000年で、それ以降、類似した本書も数多く発刊されている。

 こういった違法行為を促進させる情報のものには、主に初心者を対称にしたものからマニアを対象としたものがあるが、一般的には容易に入るツールやその使い方、クラッカーが使う手法なども多く引用されてある他、インターネット・カフェなどを使い、足がつかないような方法も記述されているのもある。 − 当時は初心者でも容易に行う事が出来る環境にあった。

 こういった裏の世界もあることから、不可解な事件が起こっても何ら不思議はない。

*(PC関係の雑誌や著書を好んで読んでいた人にはその時代背景が容易にわかるかと思う。)


 個人においての、現実の世界とインターネットでの活動の世界とでは、ちょうど分割された世界で、〔現実の世界〕と〔電脳におけるバーチャルの世界〕との2つの世界で存在する事を意味する。

 インターネットの世界では、掲示板などのコミュニティーの場で活動する場合には、現実の世界である社会性を生むが、匿名性であるためトラブルも多い。

 個人においてはそれらの経験は、生体構造上においては、たとえ〔電脳におけるバーチャルの世界〕であっても、〔現実の世界〕と生理学上では経験値として繋がっており、生体のメカニズムでは行った分だけの経験値の情報が刻み込まれる。

*(動機不可解とされている部分は、個人の電脳におけるバーチャルの世界でのものが抜け落ちているからにある。)

 こういった日常の活動の中において、個人において認知行動パターンを分析し想定する場合には、現実スケールと電脳のスケールとそれぞれに演算し、活動単位に試算して流れをつなげていく必要がある。 − これが適切に行えていた場合には、流れが一つに繋がる。流れが繋がらない場合には何か他に問題があると考えてよい。

 実質のところ、インターネットの場合は特に直接関わっていないにしても、ネットサーフィン中に見つけた人物のデータに影響される事もあるので、リアルタイムで見ていなかった場合には、深層を解明するのは難しいものとなる。


 また、人体の構造上、環境による情報というものは、デフォルトの状態で説明すれば、メディアにおいての情報というのも影響を受けやすいものとなっている。

 このため、環境における情報を常に入手するにリサーチしておく必要があり、情報を入手できていないものについてはそれだけ抜け落ちるが、情報を多く入手しているだけ、より細かな分析や予測を可能とする。


 以上。


posted by 0≠素子 at 22:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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