2008年11月25日

愛着という言葉から浮かぶこと

 『さて』の続きより。『愛着臨床と子ども虐待』の序文の文中を用いて考察していこうと思う。

### お題 ###

 『愛着』と言えば、発達心理学や実験心理学、さらには臨床心理学、人格心理学、社会心理学、精神医学、子ども家庭福祉学の分野で多くの実証研究がなされてきており、臨床の分野における影響も計り知れないものがある。

 上記について考えていく。

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posted by 0≠素子 at 02:00| Comment(0) | 個人研究課題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月27日

自身の培ったノウハウで個人研究してみる

 個人研究で必要とされる専門課程のデータや目安がついたので、ぼつぼつ個人研究に取り掛かることにした。

 本日、「my listing」を追加したが、既に作ってあるリストのうち、使えそうなものから取り上げている。挙がっていないその他の関連するリストは有用なものだけ整理してから取り上げる予定にしている。

 「自身の培ったノウハウで個人研究してみる」というお題で挙げているが、分子レベルより小さな振る舞いというのがわからないといった状態なので、所謂、複雑系科学やら工学やら、できる限りの科学の知識を用いて仮説モデルを組み立てていくといった方法を行っている。

 現在、書き上げているレポートは以下に示す。

### 個人研究によるデータ ###
神経系の情報伝達での量子力学的作用はこんなもの

『情報の縺れ現象』について
二次元で生じる誤差


(注:UpDate都度に再更新する予定。)
posted by 0≠素子 at 12:40| Comment(0) | 個人研究課題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月11日

内在している〔自殺傾向〕は止まるのか?

 それは、科学専門書に目を通しながら、秋葉原連続殺傷事件についての報道を見ていて気がついたことだが、自身が〔自殺傾向〕から発生してしまう〔逸脱性のパターン〕を持たずにすんだのは、常に母親の存在があって、その都度母に〔自殺傾向〕を潰すように止められていたからで、その経験値が発生する〔自殺傾向〕を止める因子になっていて、経験値で築かれた〔自殺傾向防止因子〕によって〔自殺傾向〕を止めていた(ストッパーになっていた)ということである。

 それがどんなに大きかったことがわかっただけに、それに気がついた昨日、すぐに感謝がてらに母に電話した。それは、その時に母と会話した中の話だが、世間話程度に秋葉原連続殺傷事件についての話題をしたときに、母から「もしあれが自分の娘だったら、自分は狂うぞ」といわれた。

 その発言のエネルギーは非常に大きかっただけに、これを言われたときに、思わず「やっぱり、自分は死ねないぞ」と思った。それは、幼児期から何度も体験したことであるが、初老にもなろうかという大の大人になっても、母の〔子の自殺傾向防止機能〕は大きな質量のエネルギーを持って機能していた。

 加藤被害者の認知行動の流れというのは、被虐待児であった場合に発生するメカニズム上のパターンで、特に男性に出やすいものであるが、認知行動パターンは違っても、その基本的な流れの構造は、被虐待児なら誰でもある基本構造である。このため、自身にとっては、胎児期のときに形成した〔自殺傾向〕をもって生まれてしまったので、この〔自殺傾向〕をどう回避させるのが問題だった。

 しかし、母というのは子を失うということについての恐怖があるらしく、これを説明する中で、母は「もし死なれたら生きていけない」と大きな質量のエネルギーを持って発言していた。

 そこで気がついたのが、生まれたときから自分に〔自殺傾向〕があったことについてのトラウマを自身が子供の頃に植えつけていたことである。

 それとなく話を聞いてみると、自身が生まれてからの子育ての段階で、子である自身に〔自殺傾向〕を内在していたことを知っていた上で、目をつけて常に止めていたらしい。

 加えて、仕入れた学説を説明している中で、母親が子に与える影響が以下に強いかという話で、説明しなくても「当たり前だ」という答えが返ってきたが、おそらく、これが母の自責傾向に至らしめた要因かと考えられる。

 子である自身の状態次第で、母が自責傾向に陥るパターンは幼児期からわかっていた話なので、母を自責させるわけに行かず、この幼児期の当時から、母を自責させないように、出来る限りの能力を獲得し、成長する努力をするしかなかった。――この現象自体は幼児が見せる〔親の愛情に応える子供の行動パターン〕といった、生物学上では、成長期に親の保護を必要とする動物の生存機能の1つにあたる。

 母との会話は、その後、「父はどうしている?」という話について、母が「父を子育てするように育てている」という会話になったので、電話は笑い話で済んだが、この電話で、自分自身には大きな問題を抱えていることを再認識することになった。

 それは、なぜ母に自責傾向にあったか、なぜ母の監視能力と対応能力がずば抜けて優れていたか、その詳細のそのメカニズムがわかったからだ。(これには、生活苦がある環境の中で、生きる原動力として、子の存在があることを生きがいにしていたと仮定する。)

 それと同時に、自身には発生する〔自殺傾向〕を自己で回避させるノウハウを完全に獲得できていたとしても、自身が内在している〔自殺傾向〕となる因子が少しも治っていないことである。(これについては脳内の理論計算上では、生理機能の問題と心因性のものとの間で、パラドックスを生じさせている)

 胎児期に発生させた〔自殺傾向〕は、生体の基本的なシステムが構築される前の段階のものであるから、基本システムに内在しているアルゴリズムであるため、やはり、生存する限り、条件値が揃えば発生する。

 問題とされるところは、もし、母の存在がなくなれば〔自殺傾向〕が発生する可能性が非常に高くなることである。しかし、厳密には、被虐待児だった障害を残す父がいるので、一人残すわけには行かず、やはり、ここでもストッパーは存在する。その上、小5時の叔父の自殺のトラウマが家族全員にあるので、現実的には、自殺の実現はありえないこととなっている。

 だから、実際に問題とされるところは、内在している〔自殺傾向〕は止まるのか?…に掛かっている。何故なら、これを内在している場合、その傾向に関連することで苦しんでしまうことになるからだ。
posted by 0≠素子 at 17:43| Comment(0) | 個人研究課題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

幼児期の〔自殺傾向〕を示す行動パターンが止まったメカニズム

 前回の『科学データで見たプロファイル』では、自身には胎児期に形成されたC-PTSDやトラウマで自己殺傷パターンがあったために、胎児期から幼児期の間に、自己殺傷行為を繰り返してきたことを取り上げたが、実際のところを言えば、自殺傾向にあったその行為が止まった過程については、複雑な要素から成り立っていることが想定できるので、これを解析していこうかと思う。
 
 というのは、実のところは、自己殺傷行為が止まったのも複雑なメカニズムであったことに気がついたからだ。

 実質のところは〔生息している環境〕に対して、保護者である父と母はそれぞれ(環境の条件値によって)認知行動するから、子はそれらの影響を受けながら生きていることになるが、その流れの中で(流体的に考えて)、その時の子は(環境の条件値によって)経験値で動くものでもあるから、実質上は複雑なメカニズムで成り立っていたことが想定できるからである。


 今回は、まず始めに、概要について示していこうと思う。

 『科学データで見たプロファイル』では、下記のように簡単に説明した。

例えば、自身には胎児期に形成されたC-PTSDやトラウマで自己殺傷パターンがあるが、この時は、その時できる自己否定で自己殺傷を行うということを行っているが、動き始めてからは、かみそりを持って指を切り落とすなどしたが、その後母に目をつけられたために、何度も自殺行為をしようとして失敗して、しこたま怒られて、怒られる恐怖を覚えてからそれは止まった。2,3歳までの話である。

 しかし、実質は、そのような行動が止まるまでには、自殺行為を行おうとして、母に見つかって、失敗する毎にしこたま怒られることを数多く経験しており、怒られる恐怖を覚えてからそれは止まったが、止まったというのも、母より舌打ちされるだけで止められたから止まっていただけであった。

 その行動に至る起因においては、〔自己否定〕から始まっており、〔自身が出来が悪いこと〕や〔自己存在価値の否定〕から〔自殺傾向〕に走っていた。――そのメカニズムは、1つの認知行動パターンであることを示唆するものである。

 実質上では、自殺傾向を示すようなそのような行動をすれば、「母が悲しむ」ということを学習した時点で、それは止まった。

 しかし、それは、〔自殺傾向を示すようなそのような行動をしなくなっただけ〕であって、〔自殺傾向要素〕は内在しており、目の見えない形で行うようになった。

 即ち、内省の自己殺傷行為で、〔胎児のときに行った自己殺傷方法〕であるが、これは今現在でも生きている〔自身の1つの認知行動パターン〕である。

 「幼児期の〔自殺傾向〕を示す行動パターンが止まったメカニズム」については、それに至る様々な要素で成り立っており、複雑な要因で<〔自殺傾向〕を示す自己殺傷行動>が止まっていることを示すような数多くの記憶が残っている。(これについての詳細は、後日取り上げる。)


 厳密に言えば、『科学データで見たプロファイル』で取り上げたトマス・バーニー博士が著書で取り上げたデータがそう示したように、<〔自殺傾向〕を示す自己殺傷行動>が出ていても、その行動が出ていなくても、基本的に内在されている性質は、同一のものであることが示されているが、この内在している性質がある限りは、それに関わる障害で苦しみ続けながら生きることになる。

 つまり、<〔自殺傾向〕を示す自己殺傷行動>が出ていても、その行動をしなくなる可能性もあれば、その行動が出ていなくても、いつか<〔自殺傾向〕を示す自己殺傷行動>が出てしまう可能性もあり、たとえ、<〔自殺傾向〕を示す自己殺傷行動>が止まっていても、基本的に内在されている性質がある限りは、それに関わる障害で苦しみ続けながら生きることになる。

 今回の自己研究は、このことについては触れない。即ち、内在している性質についての障害などについては、機会があったときに取り上げようと考えている。


 この自己研究においては、「幼児期の〔自殺傾向〕を示す行動パターンが止まったメカニズム」について、これを解析することによって、なぜそれに至ったのかを、これから見て行こうと思う。

posted by 0≠素子 at 21:23| Comment(0) | 個人研究課題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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