2008年11月30日

PTSDの依存疾患について

 『カプラン臨床精神医学テキスト(DSM-IV-TR)』の「16.5 外傷後ストレス障害と急性ストレス障害 - 依存疾患 p.678」について考察を重ねる。


### 16.5 外傷後ストレス障害と急性ストレス障害
   依存疾患
     『カプラン臨床精神医学テキスト』- p.678 ###

 PTSDの患者においては、他の疾患の併存率は高く、およそ2/3に少なくとも2つの疾病が見られる、よく見られるのは「うつ病性障害」「物質関連障害」「他の不安障害」「双極性障害」などである。

 併存疾患はPTSDにかかりやすくする。


 因みに、自分の場合は、「うつ病性障害」「物質関連障害」「他の不安障害」「双極性障害」などは、発生する事があるが、毎回短時間で回避され淘汰されてしまう事が多いため、障害の域には入らないらしい。

 まず始めに、ここでは被虐待児だった場合と仮定して考察する事にする。『トラウマティック・ストレス―PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて』では、ストレス障害に至った時期別に、成長時期別に深みある講義が進められているが、ここでは、どいった流れに至りやすいのかを見ていきたい。

 多くの重篤な被虐待児の治療にかかわる中、精神医学的知見に達したというこの分野の世界的な研究者で臨床医である杉山登志郎先生の説では、『被虐待児になるとどうなるのか?』で取り上げられた状態が見られるという。

 無論、これらの過程は被虐待児の子が成長していく中で、発生しうる障害であって、必ずそれに至るというものでもない。その時の保護者の接し方次第で、悪化することも、回避させる事も可能となっている。

 したがって、もし保護者の適切な対応で子が努力して回避させる事によって淘汰された場合、実質上の本当の意味での完成されたサバイバーとなるが、そうでない場合は障害が残ったままのサバイバーとなるので、引き起こされるだろうハードルがいくつもあるだけ、どうしても個人差が出てくる。

 因みに、自身の場合は、父親に虐待を受けても、母親から十二分な愛情を受け、その時々に応じてバグフィックスを当てる対応が行われてきたので、起こりうる障害は、殆ど回避され、淘汰するに至っている。

 だから、『被虐待児になるとどうなるのか?』で取り上げられた状態は、「異性が全く受け付けられない」といった〔異性に対する愛着障害〕と終着点である〔C-PTSD〕以外は私には見られない。

 
 では、上記に挙げた併存疾患についてどうなのかを見ていく。

(調べるので、ここでいったん休憩する。)

posted by 0≠素子 at 13:04| Comment(0) | PTSDについての考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月29日

『カプラン臨床精神医学テキスト』より(3)

 『カプラン臨床精神医学テキスト(DSM-IV-TR)』に挙げられた疫学の統計データの引用のされ方について、不満と疑問を持ったのは私だけだろうか?

 まず、用いられている統計データの対象者の範囲と人数が示されておらず、どこからどこまでの想定しての統計なのかもわからない。調査された年月や期間も記されていない。少なくとも科学の常識では、これらが必ず記されているがこれも入っていない。

 これが入っていないということは、臨床精神医学には科学では基本的な数学というものを重要視されておらず、容易に使われており、数学ではなく算数で計算されている可能性がある。

 数学上の統計が妥当性のものであるのかの吟味も成されていないまま引用されているのは容易に想定できる話で、日頃、natureなどで自然科学の報告書に目を通す事に慣れ親しんだ私には、あまりの杜撰さにぞっとした。

 実際に、その統計データが、実際の数字かといえばそういうわけでもないだろう。特に米国では犯罪や事件が日常茶飯事に起こっているわけであるし、事に、産婦人科系列で示すデータと照らし合わせても数字があわない。

 統計においては、統計モデルの小さな違いで大きく違ってくる。本来なら自然科学系の統計学を学んでほしいといいたいところだが、せめて最低限は人文社会科学系統計学を学んでいてほしい。

 また、米国と日本国内では、風土や民族の違いや習慣性などの違いがあるので、まず、どの地域のどの対象で調査されたのか、区別化して、生息する地域では違う事も想定した上で認識しなければならない。

 …っていうか、酷すぎるぞ、これ…。

 正直に言えば、次に示す統計は妥当ではないと考えられる。

 もっと厳密にいえば、データの使い方が妥当ではない。次に示すデータは、退役軍人を対象にされたもので、他のデータと混ぜてあるようだが、統計データ毎の対象にされたスケールが提示されていないため、妥当な予測さえ出来ない。

 この章で引用されている論文は2000年〜2002年までのものであるので、おそらくその当たりの論文で用いられたデータであろう。これを日本国民にそのまま適用するには難しい。

 このことに気がついている専門家はいるだろうか?

 というか、被虐待児を研究する医学博士も米国に入ることであるし、産婦人科や小児内科系からのデータも入手できるだろうに…。


### 16.5 外傷後ストレス障害と急性ストレス障害
   疫学
     『カプラン臨床精神医学テキスト』- p.677 ###

 PTSDの生涯有病率は、全人口の(…?米国のスケールかな?)約8%と推定されているが、これに加えて不顕性の障害が5〜15%で経験される可能性がある。

 外傷的出来事を体験した危険の多い集団では、生涯有病率は5〜75%の範囲に及ぶ、ベトナム戦争の退役軍人のおよそ30%がPTSDを体験し、それに加えて25%が顕在しない形でこの障害を体験している。

 生涯有病率は女性では約10〜12%、男性では5〜6%である。

*(疑問:米国には少なくとも4州は犯罪が多発することから、GPSで監視しようといった話も出ているだけ、犯罪が多発する地域は数多く存在する。このような米国の事件が多発する地域のものを想定すると、あまりにも低すぎる)

 PTSDはどの年代においても出現しうるが、若年成人に最も有用率が高い。それは彼らが症状の出現を促進する状況に身を置くことが多いためである。

 子どももこの障害に罹患しうる。

 男性と女性では、曝されやすい外傷の型、およびPTSDへの発展しやすさが異なる。

 生涯有病率は女性に有意に高く、またかなりの割合の女性がこの障害を発症する。

*(補足と考察:これは生体構造上の違いから来るもの。脳や肉体の構造において、男性と女性とは大きく違っている事は、今世紀に入って理学系では認識されており、natureだけではなく、Newtonでも取り上げられた。女性は腕力がないだけに、防衛本能が強く出来ている。女性がPTSDに至りやすいのは脳や生体の構造から来るその物性からの影響も大なり小なりあるかと考えられる。)

 歴史的には、男性の外傷は通常戦闘体験であり、女性の外傷は強姦が最も多い。

 障害は独身者や離婚したもの、寡婦(夫)、社会的に引きこもっているもの、社会経済的水準の低いものに多い。

私的には:だからこそ、出来るだけ現実的で妥当な統計を出すために、念入りの調査と、念入りの統計データの吟味が必要となる。)

 しかし、この障害の最も重要な危険因子は、その人物にとっての実際に曝された外傷の苛酷さ、間隔、近接度などによる。

*(私的な考察:だからこそ、周辺にある加害性の高い因子がどれだけあるのかの調査や分析も必要となる。例え医療機関でも、そこまで想定に入れなければ対応できないだろう。また、福祉や教育機関にも連携プレイを取れる形にしなければならなくなる。)

 この障害は家族的類型があると思われ、生物学的第一度親族者にうつ病の既往をもつ者は、外傷的出来事の後にPTSDになる危険性が高くなる。

*(補足:遺伝形質の影響については、昔から激しい議論が続けられているという。私的な見解では、分子レベルからの考察と、乳幼児からの人格形成も含む認知発達学などとの兼ね合いから、妥当なものだと考えられる。)


### memo ###

 特に、ASDやPTSD、C−PTSDなどのストレス障害の場合には、フラッシュバックで症状を悪化させる事もあることから、予めから予想とされる危険度を想定して対応するようにしなければならないので、該当者の活動範囲内での各スケールでの発症率や因子分析が必要となる。

 また、環境によってタイプも異なるため、出来るだけ多くのデータが必要となるだろう。

 尚、これらの具体的なデータについては、『トラウマティック・ストレス―PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて』で確認する事が出来る。

 本書はトラウマ性のストレスとその治療について、これまでの研究成果と臨床的知識を集大成したものである。様々な領域の専門家からなる執筆陣によって、1980年代に外傷後ストレス障害(PTSD)が定義されて以来行われた数多くの研究エッセンスが凝縮されている。

 また同時に、トラウマ体験後の適応の複雑さ、まだその有効性が確立されていないPTSDの治療法など、これから探求されるべき課題も提示している。

 記憶、解離、文化とトラウマの問題、生物学的及び心理学的プロセスの複雑な関係など、トラウマ研究の中心的な問題を取り上げながら、治療的介入が効果をあげるためには、PTSDが進行していくプロセスとその個々の段階について、深い理解が不可欠である事を明らかにしている。

 この本書では討論を重ね、深く議論され、ケースごとに応じて出来る限りの検証が行われている。深く考察されてのものであるので、本書を読むだけで十分なのかもしれない。

 但し、大まかな全体図を把握したい場合には、本書は典型的な学術の専門書であるので、難しすぎて気が遠くなるかもしれない。

posted by 0≠素子 at 22:00| Comment(0) | 臨床精神医学の Date Base | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

急性ストレス反応〜心的外傷と解離を中心に〜

 実は、解離現象という構造や概念、理論というものを説明されたテキストとされたので、〔新現代精神医学文庫『解離性障害』:編著・西村良二(福岡大医学部)/監修・樋口輝彦(国立精神・神経センター 武蔵病院)〕というものを入手しているのだが、『カプラン臨床精神医学テキスト(DSM-IV-TR)』のデータや『トラウマティック・ストレス - PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて』と比べると、ASDやPTSDについての定義について、おかしなところが多々あり矛盾している点がある。それは理論上の設定にも見られるが、物理的にも矛盾がある。

 〔新現代精神医学文庫『解離性障害』:編著・西村良二(福岡大医学部)/監修・樋口輝彦(国立精神・神経センター 武蔵病院)〕p.57に「急性ストレス反応〜心的外傷と解離を中心に〜」という課題がある。

 ここでは、急性ストレス反応(ASD)は、外的要因があり、それによって、うつ、不安反応、解離などの症候が起こされるという。ここでいう外的要因とは、外傷的なストレスであり、身体に対する侵襲や生命の危機が自分に降りかかったり、それが他人に降りかかっているのを間近に体験(私の補足:例えば自然災害や事故などの恐怖体験)したりするという出来事の事を差す、と定義している。

 本題に入る前に、これに関する判断基準に関わるデータを示す。

### DSM-IV-TR診断基準の臨床への展開より ###
『カプラン臨床精神医学テキスト』より』 - 概要
『カプラン臨床精神医学テキスト』より(2)』 - 歴史


 上記は第2版の初版発行:2004年10月25日発行物、で問題とされる本書は初版発行:2006年10月13日発行のものである。

 次に疑問に思ったデータを以下に示す。

### A. 急性ストレスとは ###

 心的外傷に対する急性反応(Acute stress disorder : ASD)の中核は、解離症状と考えられる。(…!?)

*(疑問定義:少なくともDSM-IV-TR診断基準には外れる。)

 一番最初に起こる反応は認否であり、「何かの間違いだ」「こんなことが自分に起こるはずがない」と事実から目をそむける。(…!?)

*(疑問定義:これまでのトラウマティック・ストレスの研究では主に、退役軍人や捕虜や戦争被害者が研究対象になったはずで、その流れの理論や物理に本説は外れる。)

*(考察:ASDはたいがい生存危機を感じられるほどの恐怖のショックを受けたときではないだろうか。例えば、地震の被害に遭ったものや事故に遭った者はただ恐怖のショックを受けるだけである。少なくとも認否する暇もない筈である。)

 そして、心的外傷となる出来事からうまく逃げられないでいると解離症状が起こってくるのである。


 このような基点から講義されているので、どこからどこまでがASDで、どこからどこまでが解離なのかがわからない状態で一纏めに説明されている。

 本書でおかしいところは、初めのASDが発生する原因となる物理定義だけとなる。

 所謂、ショックを受けるのが急性ストレスで、その後に起こる現象―Spiegelによれば、非現実感と記憶の変容が見られ、感情麻痺、無関心、健忘、たいがい離脱体験などの症状が出現するという。―現象を現すのが解離で引き起こる可能性があるものとなる。

 因みに、本書ではDSM-IV-TRではなく、DSM-IVの判断基準でASD(1ヶ月以内)とPTSD(長期である場合)についての判断する期間が説明される。

 この最初の定義が正確でなければ、物理現象について誤解をしていたであろう著者は元より、本書を読んだ読者が、外傷性ストレスにおいて、妙な誤解や誤まった解釈を招く可能性が高い。現在は環境上関心の高い分野のものであろうから、特に人間関係において災いをきたすような社会現象を生み易い。

 こういった、この手の著者側の誤解は、解離性障害や統合性失調症やBDP、AD/HD、アスベルガー症候群、自閉症などに多い。何故このようなことを書くのかといえば、該当しないのに、見た目の判断で勝手に決め付けられるという現象が出てきているからにある。

 何度根拠を出して説明しても、理解してもらえないというのは、AD/HD、アスベルガー症候群などを筆頭とした発達障害者だからだろうか…?

 たいがいどうでもよくなってきた。

 誤診を受けた患者もかなり多いのではないのかという専門家の話もよくある。このため、基準となる定義の問題についての早期解決を求める声もよく見られる。―勿論、これは専門家の話。

posted by 0≠素子 at 02:00| Comment(0) | 疑問(MEMO) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『カプラン臨床精神医学テキスト』より(2)

 『カプラン臨床精神医学テキスト(DSM-IV-TR)』を読んだ方で、英文慣れしている人が見た場合、翻訳が良くないことにすぐに気づかれるかと思う。

 natureを読み出した2000年前後(厳密には1999年10月より愛読中)当初は、翻訳がおかしかった場合には、「科学的なデータベースを示した報告書を取り上げる専門誌なのだから、少なくとも専門的な理学の知識を有している翻訳者にすべきだとブツブツと文句を言っては、辞書をかたてに翻訳していた。今では直接読んでいるので、本書を目を通したとたんに、英文の原本と取り寄せればよかったと今になって後悔している。


 さて…前回の『『カプラン臨床精神医学テキスト』より』、今回は、PTSDの歴史についてみていこうと思う。

 本テキストは、「DSM-IV-TR診断基準の臨床への展開」と副題がつけられたもので、関連する情報が多岐に渡って考察されながら取り上げられている。

 学生や専門家の間では主力とされているテキストとなっているらしいが、何分翻訳が酷い…。厳密にいえば、まともに翻訳されているものと、偏見が酷そうなものと、翻訳自体が直訳である場合がある。質としてはあまりよくない…^^;

 けど、次に示してみる。


### 16.5 外傷後ストレス障害と急性ストレス障害
   歴史
     『カプラン臨床精神医学テキスト』- p.677 ###

 自律神経系の心臓(…? 自律神経系に心臓はない。)の症状が出現(…??? 何が起こった?)するために、南北戦争の外傷後ストレス障害に類似した症状を持つ症候群に「軍人の心臓(Soldier's heart)(…おい、直訳かい^^;)」という名称が与えられた。

 ダコスタ(Jacob DaCosta)が1871年の「過敏性心臓について(On Irritable Heart)」(やはり…)という論文でそのような軍人(…? なんやねん?)について記載している。


 笑いが止まらなくてしょうがないんで、ちょっと休憩する。

 要は「○○の心臓」というのは、生物学的には「感受性」のことで、精神医学や一般の医学ではヒステリー状態及び拒絶反応といったところだろう。

 以下は休憩後、残りのデータを追加して再更新したもの。


 1900年代には、特に米国では精神分析の影響が強かったので、臨床医たちは、この状態に「外傷神経症(tramatic neurosis)」の診断を適用した。

 第一次世界大戦において、この症候群は砲弾ショック(shell shock)と呼ばれ、砲弾の爆発による脳の外傷の結果であるとの仮説が立てられた。

 1941年に発生したボストンの Coconut Grove という混雑していたナイトクラブでの火事の生存者は神経が過敏になり、疲労感があり、悪夢があることが認められた。

 第二次世界大戦の退役軍人・ナチ強制収容所の生存者・日本における原爆の生存者は、類似した症状を持ち、時に戦争神経症(combat neurosis)または戦争消耗(operational fatigue)と呼ばれていた。

 結局、ベトナム戦争の退役軍人に認められた精神医学的病理が、現在知られている外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder : PTSD)という概念として結実した。

 これらのすべての外傷的状況において、この障害の発症は、ストレス因子の強度と相関していると考えられる。

 つまり強制収容所のような最も重篤なストレス下では、この障害の出現は犠牲者の75%を越えることになる。


 本テーマの内容から、なんだか別の意識に(おかしな感覚の方向に)飛んでしまいそうだが、どうだろうか。上記の情報を整理すれば次のようになる。

 つまりは、1871年には報告され続けていたが、この当時は軍事医療の兼ね合いから、精神分析や臨床精神医学にはこれらの報告は、軍事機密情報として民間に反映されていなかった、ということなのだろう。

 実際に民間に反映されるようになったのがベトナム戦争の退役軍人に認められた精神医学的病理だったから、これが土台となったという話となる。

 これについての詳細は別の本書で述べられていたので、また別の機会に取り上げよう。

 次回の判断基準改定版は英文原本を入手しようと思う。

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2008年11月28日

『カプラン臨床精神医学テキスト』より

 『カプラン臨床精神医学テキスト(DSM-IV-TR)』においては、外傷後ストレス障害や急性ストレス障害は、16章の不安障害の枝に記載される。

 DV環境で胎児期から被虐していた場合には、ASとPTSD(p649,p.677-686)と虐待ネグレクト(p.951-962)を参照のこと。

 尚、胎児期時の被虐研究については、最近産婦人科系の医学博士の研究から提唱されてきているもので、母親が受けるDV環境が胎児に大きな影響を及ぼすことがわかり、産婦人科では一般常識化してきている。これらの知識は教育関係や行政機関が問題として取り上げ、「DV問題(ドメスティック・バイオレンス)」を社会問題として対策に取り組んでいるが、こういった知識は、臨床精神医学上の診断基準にはまだ繁栄されていない。こういった場合には単発的なPTSDではなく、複雑性といわれるC-PTSDに該当する。


 翻訳があまりよくないようなんで、これを購入した後で、原本を仕入れればよかったと、後で後悔したのだが、データ整理のために、参考に示す。


### 16.5 外傷後ストレス障害と急性ストレス障害
     『カプラン臨床精神医学テキスト』- p.677 ###

 外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder : PTSD)は、強い外傷的なストレス因子となるものを、見たり、聞いたり、或いは、それに巻き込まれたりした後で起こる症候群である。

 そのような経験に(…?)、恐怖や絶望感をもって反応し、出来事を持続的に何度も体験し、思い出すことを出来るだけ避けようとする。

 診断するには出来事の後、1ヵ月以上続いていなければならないし、家族や仕事のような生活の重要な領域に重要な影響を及ぼしていなければならない。

 精神疾患の診断・統計マニュアル第4版(「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th edition, Text Revision : DSM-IV-TR」)には、急性ストレス障害と呼ばれる PTSD と似た障害が定義されているが、それにはPTSDより早く(出来事から4週間以内に)起こり、2日から4週間以内に消褪する。

 もしも症状がそれより長時間続いたら、PTSDとするのが妥当であろう。

 急性ストレス障害(Acute Stress disorder)とPTSDの両方を起こすストレス因子は、たいていの人を病気にするのに十分なほど圧倒的である。

 そのようなストレス因子は、戦争・拷問・自然被害・暴力的襲撃・強姦・そして例えば車や火災中のビルの中でのような危機的な事故での体験から生じる。

 夢や日常の思考の中で外傷的な出来事を再体験し、その出来事を思い出させる可能性がある、あらゆることとを避け、過覚醒の状態と共に無感覚に陥る事を体験する。

 他の症状は、抑うつ・不安・そして集中力低下のような認知障害である。

posted by 0≠素子 at 22:08| Comment(0) | 臨床精神医学の Date Base | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

見落とされやすいところ

 一般的に見落とされやすいところというのは、日頃の習慣性に沿って目先で捕らえて動いてしまうことにある。

 例えば、「精神科系や神経系の障害」を「疾患=病気」として捉えられやすいところで、事例やマニュアルから当てはめて対応する事によって、その現象を引き起こしている要因や、それに至った物理の成り立ちを見ようとする視点を見落としがちになることがある。

 また、カウンセリングの位置というのも、医療においてどの位置にあり何が求められているのか正しく認識して対応している専門家は少なく、これも事例やマニュアルから当てはめて対応する事によって、その現象を引き起こしている要因や、それに至った物理の成り立ちを見ようとする視点を見落としがちになることがある。 − カウンセリングに求められる事は「癒し」だけでなく、可能な結果象と確立を正確示し、「目標」を位置づけ、治療に立ち向かう「やる気」を出させる事にある。


 実質のところを言えば、ASやPTSDが発生した当時を見るにおいて、「どの時期にそれが発生したのか」「当事者における条件値がどれぐらいあるのか(内省・環境性/物理・主観性別)」「環境の状態がどうだったのか(環境における対人状態)」…など、細かく上げればキリがないほど山ほど出てしまうが、要は、それらを生む原因となる因子ごとに計算しなければならなくなる。

 例えば、DV環境での被虐である場合のトラウマと、闘病で発生したトラウマは違い、3歳を目処にすれば、そのとき保護者が子にとって、どのような対人状態にあったのかで大きく変わる。子にとっては、日頃の親の対応が運命の別れ目となる。

 また、最も見落とされているのは、健全者よりも大きなハンディキャップを持ってしまった子である場合、まず「人並みな事が出来ないトラウマ」が生じる。 − このようなトラウマは、成長するまでにノウハウを獲得し、障害を淘汰させたとしても、問題に突き当たればフラッシュバックが発生するものとなる。

 脳・神経系の障害を負った場合にでもそれは生じる。生体のメカニズムの動きというのは当事者がよく知っている筈で、日頃の生活の中で、体の営みの状態がどうであるのかで、心理気象はこれに影響し、左右する。

 特にDV環境で胎児期には被虐していた場合には、必ずC-PTSDを内在させてしまう。生まれてから成長過程の間に、トラウマやAS・PTSD因子はサーバと化するように連結され、脳神経系の傷跡となっている因子とは別の界に、生存本能のシステムに連結させる状態で、界は仮想上で組み立てられていく。 − それは、視覚脳のような、仮想上で立ち上がって作られたものかもしれないと現在考察中である。

 例えば、DV環境で胎児期には被虐していたケースで、後に闘病生活のトラウマを内在しているサバイバーである場合には、破損・崩壊したところがわかるほど、闘病生活のトラウマ因子や被虐したトラウマ因子に直結しやすくなる。

 具体的には、現在知りえている認知発達の過程や医学上の詳細データで破損・崩壊したところがわかるほど、日常生活の中で自身の体のシステムの営みがどんなものかがわかるから、闘病生活のトラウマ因子や被虐したトラウマ因子に直結しやすくなる。


 私の個人研究の1つにあたる「DV環境で被虐待児に至った場合のサバイバーの発達研究」を行っているが、それは、典型的な臨床系の営みのものでもなく、それはカウンセラーの視点からでもなく、あくまでも目標を達成するためのバイオミックスの視点からとなっている。

 自然科学系や工学的な試みから入ろうとするのは、そもそも非線形にあるからにある。内省を直視するには自身の主観性の物性の事実も(因子として)認めることは必要だが、基本的には中立的な客観性を重要とするからにある。

 どうしてこのようなスタイルをとるのかといえば、障害を持つ当事者が対応するためのノウハウ獲得のために個人研究をしているうち、生存危機に関わる因子の個人研究であるので、当然、専門知識や学術にも専門家並の知識を速い速度で得ることができるのだが、同時に、知識や技術をえるほど、何が可能で何が不可能だという事が手に取るようにわかる。

 つまりは、体のシステムの障害という物理に自身が押し潰されそうになるから、そこまで踏み込んで個人研究をやってしまおうということになる。

 仮に、これを行わなければどうなるのかといえば、やはり、体のシステムの障害という物理に自身が押し潰されそうになるから、トラウマに直結して、それに関わる障害を引き起こさせてしまう。

 そこで、一過性の解離を利用して、トラウマに直結させない、無機質な視点から入るようにしている。例えば、数理から入るというのもその1つの手段で、機械工学や自然科学に慣れてしまえば、数式からイメージを割り出すことが出来る。トラウマに直結しない因子であるから障害を起こす事無く、深める事が出来る。この試みによって対応法のノウハウを獲得できれば、当事者の内省で障害が引き起こっても、無機質な試みによる対応法でバグフィックスを当てる事も可能なのではないかと現在模索しているところにある。

 所謂、こういった動きというのが、生物進化を左右する「原理」にあたるものなのだろうが、こういった生命を生存させようとする原理は、認識しているより、より単純で且つ驚異的なものかもしれない。

 要は、遺伝子に対しRNAが変数をかけるから生じるパラダイムチェンジなのだろうが、「そのもの」は本来は限りなく単純で、且つ、驚異的な作用を生み出してきたものかもしれない。

 生体構造において、五体満足に生まれてきたのか、致命的なハンディーキャップをもって生まれてきたのかで、スタートの段階で大差が出る。その大差が出た分、トラウマの質量が大きくなる。

 「健常者の能力に満たない」とか「健常者並の対応ができない」といった、出来ない差分分のトラウマというのは、「誰にも言えない苦しみ」となって、一生抱えていくものになる。

 成人後、事故からヘルニアが最悪になったらしい闘病生活を送ったトラウマが自分にはあるが、肉体構造の障害が引き起こる限り、おそらく、これは、癒えないんじゃないだろうか…。 − 癒す事が出来るのは、おそらく、闘病生活で苦しんできた同じ経験を味わった、同じ位置にまで淘汰できている、同ノウハウを持ちえるサバイバーだろうと思う。但し、ここで言えるのはメンタル面においてのみの話であって、専門家で学術上精通している人ではない場合には、技術的な意味を含めて指すものではない。所謂ワーキングの一種のような対話や意見交換などがそれを癒すという極めてごく一部分だけの話となる。

 一般的にはケアが重要視される傾向があるが、ケアといっても限りがあり、親身になられるだけ、心配されるだけ、苦痛になりえることもある。 − 故に、サバイバーは孤独化しやすいが、これは仕方がない話だと考えられる。

 ここで勘違いされやすいところは、ストレスやトラウマは何でも悪いものだと認識されやすい事にある。本当は生きるためには適度に受ける事が生物進化のメカニズムとなるから、何でも悪いわけではない。 − 最も重要なのは「自立」という生きる対応力を生み出すことにある。

 自分は、物理の成り立ちを理解する事が最も重要だと考える。

 なぜなら、物事の成り立ちや物理の成り立ちを知らなければ、経験値だけでは見落としやすいために失敗しやすく、目標に達成できないことにある。

 目標に達成した経験は「生きる糧」になる。それを積み重ねていく事で大きなハンディキャップを抱えている者でも生きていけるようになる。

 生物学の知見では、生物の進化においては、強者や優勢に立つものに関係なく、環境にうまく対応できた生物が生き残っている。このような事実を知ることも、環境に対応して生きていくだけの「生きる糧」となるだろうと私は考える。

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2008年11月26日

解離とは

 一過性の軽い解離は、日常生活の中でも、酷い緊張や不安から免れているためによく使われている。

 例えば、人は突然の不安にボーっとしたり仰天したりなどする。もしくは、もう一つ別の世界にあるように振舞う事もある。また、今突然起こった事故について何も思い出すことが出来ない。その後まもなくして、実はその事故の間、十分に覚醒していた事を示す例もある。

 さらには、つかの間の非現実感や離人症のエピソードはしばしば経験するもので、例えば、悪い知らせを聞いた後など、全てが突然に違って不思議な様子に見えたり、自分自身が非現実的に感じられ見たり聞いたりしているのは、実際には自分自身ではないような気がしたりする。

 例えば、毎日の生活から逃避するに、温泉旅行に出かけたとする。その目的は、いわば逃げる事であり、全てを忘れることが出来たとしよう。また、仕事に打ち込むことでもいいし、趣味に打ち込む事でもよい。そうする事で忘れる事ができたとしても、全てを忘れているわけではなく、また戻ってくると、その逃避した時間の全てを話す事が出来る。

*(注1:尚、自分の場合は一過性の解離で、寧ろ、生まれつき患っている頚椎・胸椎・腰椎のヘルニアがあることや脳髄液減少症になりやすいため、生体構造が元々脆弱であることから、ストレスで解離が起きれば、先に身体の異常が出る。)

*(注2:尚、注1の身体の異常については、身体表現性障害に含まれる「転換性障害」の可能性もあるが、極端な性嫌悪症が発生してすぐにヘルニアの障害がでることや、ストレス環境が続いた場合にはヘルニアの障害が元々出ているため、ヘルニアの障害である可能性が非常に高い。また、闘病生活が過酷であったため、ヘルニアの闘病生活に関わる障害や症状についてのトラウマやPTSDが存在し、殆どが痛みによるものだが、これも重度となる。)

 しかし、解離性遁走に逃げる人は、遁走の間、全てを忘れる事が出来る。そして、遁走から抜け出たときも、遁走の間に起こったことについては何も覚えていない。解離性遁走の目的はまさしく逃げて忘れる事になる。

 こういった解離性障害における解離と正常な解離には連続性があると考えられている。即ち、一時的な急場しのぎの軽い解離という解離という方法が、あまりにも長く続き、もしくは個人のコントロールをはるかに超えるときには、解離は異常となる。

 そして、甚だしい解離性健忘は、人を、その人自身の過去から切り離す。

 尚、解離性障害の分類としては、「解離性健忘」「解離性遁走」「転換性障害」「特定不能の解離性障害(ガンザー症候群)」「解離性同一性s障害」「小児期あるいは青年期に見られる一過性解離性(転換性)障害」「特定不能の解離性障害(他の特定の解離性障害・転換性障害。心因性錯乱・心因性もうろう状態)」「離人症性障害」「特定不能の解離性障害(解離性障害・転換性障害、特定不能のもの)」「急性ストレス障害(急性ストレス反応・後遺症がPTSD)」としている。


 次回、解離の概念や定義について、ふれて行きたいと思う。

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2008年11月25日

愛着という言葉から浮かぶこと

 『さて』の続きより。『愛着臨床と子ども虐待』の序文の文中を用いて考察していこうと思う。

### お題 ###

 『愛着』と言えば、発達心理学や実験心理学、さらには臨床心理学、人格心理学、社会心理学、精神医学、子ども家庭福祉学の分野で多くの実証研究がなされてきており、臨床の分野における影響も計り知れないものがある。

 上記について考えていく。

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さて

 某所で、個人研究をやっている傍ら、「医療の発展のために研究を手伝って欲しい」との声が掛かったんで、ぼちぼち動きます。


 研究その1として、『DV由来の被虐待児サバイバーにおける発達に関する個人研究2』『DV由来の被虐待児サバイバーにおける発達に関する個人研究3』『DV由来の被虐待児サバイバーにおける発達に関する個人研究4」の流れから、今回は愛着理論を見ていくことにしました。詳細は左のmy listingで確認してください。


 現在、社会問題の1つとして挙げられる児童虐待や育児放棄などとの関連で注目を集めているのが愛着理論で、実際の物事の成り立ちは後で説明しますが、まず始めに、その手の専門課程の学術上で認識されているあたりを見ていこうと思います。

 愛着理論についての実際の学術上の状態は、プライアとグレイサーの『愛着と愛着障害』という著書で確認する事が出来ます。本書では、「理論と証拠に基づいた理解・臨床・介入のためのガイドブック」として出版されていますが、中身を見ると、物理学の理論で見られるような、様々な根拠となるデータを示し検証が重ねられた綺麗にされた有力説といったケースではなく、細部まで吟味がなされていない状態となっているようです。

 手元には『カプラン・臨床精神医学テキスト』があるので、精神医学の専門レベルの情報は手元にあります。それによれば、医学上のデータは豊富であっても、そもそも臨床データが医学のデータに比べ少な過ぎることもあるからか、臨床系が医学寄りのものでなく心理学の系によってしまいがちにあるためか、診断基準というのも雑に作られています。そのため、医療機関では誤診などのインシデントも相当量発生してきた可能性もあるでしょう。

 まぁ、私が始めこれを調べ始めた30年前よりは進んではいるんですがね…。当時はまだまだ曖昧で酷いものでしたよ。


 『愛着臨床と子ども虐待』の著者によれば(2008年9月10日初版発行時点では)、子供虐待の問題は、子供家庭福祉の地域の中の中核を成すほど深刻な状況にあるという。子供虐待の初期対応から親子の再統合まで、かつ施設入所、里親委託の設定、フォローアップまで多方面にわたってその中核的役割を担っている児童相談所の日々の膨大な業務に追われ、職員自身の共感疲労、バーンアウトも大きな課題となっている。

 一方、虐待を受けた子どもたちへのケア、生活保障、進路選択支援など、こちらも多方面にわたって中核的役割を担っている児童福祉施設や養育家庭、養子縁組里親も、年々深刻化してきている子供たちの状況にとまどい。日々苦労の連続である、と言う。

 最近では、発達障害への対処も、現場では求められることが多く、養育者の援助技術や支援体勢が追いついていないのではないだろうか、と推測されている。

 また、発達障害を基礎とした深刻な課題を抱える子供たちの医療や、処遇こんなんな非行傾向を有していた元・非行少年および現在保護観察中の非行少年、愚犯少年への対応、逸脱性の認知行動を示す青少年などにおいては、DV環境であったのかの是非でも生じることがあり、それは遺伝形質と環境と幼児期までの育てられ方で大きく左右するが、ヒトラーがそうであったように、胎児期から幼児期まで被虐待児に至っていたもので被害者が加害者化したものであるのか、十分な認知発達が出来るだけの環境と教育を受けられずに育ったからであるもので、結果的に被虐待を受けやすくなってしまっていたのか、いずれにしても、いずれかの段階で被虐待の歴史を有するなど家族との問題を含んでいる事も多い。

 このため、家庭裁判所で取り扱っている様々な事件でも、虐待を内在させた家事事件や虐待を受けた子供たちの少年事件も大きな課題となっている。

 このような中にあって、もう一度、虐待を受けた子どもたちへの支援。援助者、及びその子どもたちを育てる養育者(ソーシャルワーカー・医師・臨床心理士・保健士・看護し・実父母やその家族・施設・機関職員・里親・保育者など)の子どもたちとの関係作りを原点から見直す必要が出てきていると言う。

 そこで重要な役割を果たすのが、愛着という理論と数多くの実証的な蓄積である。特に、愛着理論の臨床的適用である愛着臨床という領域は、日本に限らず、世界を見渡しても、まだまだ発展途上の域を出ていない(参照:プライアとグレイサーの『愛着と愛着障害』)。

 愛着に関する基礎的研究が数多く蓄積され、愛着理論が発達心理学の領域を中心としたグランド・セオリーになっているにもかかわらず、臨床領域では未だ解明されていないことが多い。

 臨床系の学説は診断基準の状態がそうであるように、やはり進んでいない。

posted by 0≠素子 at 01:55| Comment(0) | 理解を深めるために | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月23日

えぇぇ…

 実はトラウマやPTSDに関するデータを整理して論文を纏めなきゃならないんだが、これにはフラッシュバックしやすいものであるので、あまり気が進まない。

 もっと気が進まないのは、性に関するものに対してのもので、何かとフラッシュバックしてしかたがない。それ以降、「絶対に接触する事はしたくない」といった拒絶反応が出て止まらない。

 即ち、一方的な力任せの力は、C-PTSDの因子に直結し瞬時にフラッシュバックする。因子発生から点火まではそう時間がかからず、雰囲気でプラグがたち、ちょうどプラグに花火が散るような形で点火する。…って、己の脳はエンジンで出来てんのかい。

 ま、筋肉で出来ているよりはマシかもしれない。すると、ラジエータやら、ファンベルトやら、いろいろいるんだろうか…。となると、バッテリーは当然いるということになる。12バルブ当たりでよいだろうか…。

 やや、ありきたりな86よりも、構造でいえばジェットエンジン積んだコブラ3/4かな。自分はといえば、48年式のギャランGTOのオーバーフェンダーつけたもの(前期+後期の顔)で、カラーはモスグリーンを可愛がっていた。

 車っていえば、手を入れてやるほど可愛いものとなる。そうするには、通信教育で自動車工学をかじった程度だけれど、メンテナンスや修理程度は自分自身でこなしていた。

 曲者でいえば教科書に載ってるカタツムリ…。しかしこれは、出来が左右して当たりはずれがあるというのが通説。最近のは改善されたらしいね。出来る事なら、今の車にもう一度ソレックス積んで走りたいなと…。…てよりも、そろそろ空飛びたいのでミゼットあたりに原子力エンジン積んで空に飛ばすとか…。

 ああ、やれやれ。


 性に関することに対応できない事や、極端な性嫌悪症や性機能不全は、大元は胎児期から幼児期までの認知発達が根元にあるから、トラウマやPTSDとの関係上、バグもあるわけで…。基本的には(一般的な説ではなかなか難しいことから)、この固体が存在する限り、一生治らないと思う。

 まず、性欲の気を受けると拒絶反応が出るわけで、例えリンカー当事者が性欲の気を発していなくても、たとえ、それが環境スケールであっても、環境全体のスケールであったとしても、周囲に性欲の気を感知するだけでも、極端な性嫌悪症を発生させてしまうものであるし、真っ先に回避しようと条件反射で対応してしまおうとする。そういった意味で難しい。


 因みに、ええ…これらは、この生物学上の固体のデータです。

posted by 0≠素子 at 19:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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